人助けの男 第9話  「助っ人バレンタイン」



 バレンタイン当日の朝。俺は重大なことに気づいた。

  「友恵! 今日はバレンタイン当日だが……!」
  「何? うちの学校は土曜も登校日でしょ。そうじゃなかったら私たちは今、何で通学路を歩いているわけ?」

 確かに俺たちはいま通学路を歩いて駅へと向かっている。
 いや、そんなこと今はどうでもいい!

  「そうじゃない! 人助けは俺がしないと意味が無かったんじゃないのか!?

  「あぁ~、そのことね。厳密に言えばあんたが喜んでる人の近くにいて、それで直接的、間接的に関わらずあんたに感謝してればいいのよ。
   今回の場合は助っ人部が感謝されるわけだから、部長のあんたは間接的に感謝されることになるわね」
  「はぁ……。そんなことでよかったのかよ」

 なるほど……。
 それなら友恵が人助けしてもエネルギーが貯まらないことに納得がいく。
 友恵が人助けしても友恵が感謝されるわけで、俺は直接的にも間接的にも感謝されないからな・・・・。
 でもちょっとぐらい手伝ってくれてもいい気がする。今のところ全部丸投げだし。

  「ま、間接的だから吸収できるエネルギーも1人あたりの量が減るけど。大体1/3ぐらいかな。
   でも、もし171人全員に感謝されたとしたら一気に57人分ぐらいのエネルギーが入るから、今月トップ間違い無し!」
  「そりゃこっちも助かるな。助っ人部がちゃんと役に立ってるわけだ」
  「そのために作ったんだから当然でしょ?」
  「え、マジかよ。てっきり人助けしやすい環境を作るためだと思ってたぞ」
  「それもあるけど、それだけなら他にも手段はあったからね。あんたを高校の雑用係に任命するとか」
  「それはやめて。本当に」

 俺の扱いが酷いのはいつもの事として、その場のノリで作ったように思えた助っ人部にこんな効果があったとは。
 ちゃんと友恵も考えていたんだな。う~ん、意外だ。

 ……ん? それなら助っ人部の一員である友恵が人助けしても効果があるのでは……?
 ……………………まぁ、どうせ言ってもやらないだろう。
 人助けの神の使いに向かってこう言うのも可笑しい話だけど。

 ちなみにエネルギーを回収できる範囲はおおよそ500メートル以内らしい。
 校内にいれば大体は回収できる範囲だ。意図的に校舎の端っこでも行かない限り大丈夫だろう。

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 さて、本日の決戦の場、我が高校到着せり。
 なんて気取ってみたものの、俺がすることは何もないんだよな。

  「そういやもう配ったのか? チョコ」
  「昨日のうちにね。放課後誰も居なくなるまで時間つぶして、あたしとミミと先生で手分けして机に入れといたわ」
  「それで昨日あんなに帰りが遅かったのか。他の先生には怒られなかったのか?」
  「ぜーんぜん? いろんな先生があのチラシ見てるだし。
   遅くまで残ってても察して黙認してくれてたんじゃない? 中には先生にも……おっと秘密厳守だったわね」

 先生にもモテてない人がいたとは……。
 ってか同じ助っ人部なんだからどの先生かぐらい教えてくれてもいいのに。
 まぁ柳沢に教えたら本人に対してネタにしそうだから危険か。

 そんなことを話していると、ふと校舎内が騒がしいことに気付く。
 原因は……なんて考えるまでもない。仕掛け人は俺たちなのだから。

  「チョコキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」
  「初チョコキタ━━━━━━━ヽ(゚∀゚)=3━━━━━━!!!」
  「義理だけどチョコキタ━━━ヽ(゚∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀゚)ノ━━━ !!!」
  「ちゃんと名前入りチョコキタ━━━( ´∀`)・ω・) ゚Д゚)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)━━━!!」

 朝っぱらからウチのクラスだけでもこんな調子だ。
 それにしてもこのモテない君達、ノリノリである。

  「それぞれ申し込んだ人の名前書くの結構苦労したのよ」
  「しかし一部の女子、引いてるぞ」
  「いいのよいいのよ。それよりさ! ほら見てよ~、どんどんエネルギー溜まってるわ!」

 友恵がエネルギーを貯めるビンを自慢げに見せてきた。
 ビンの中では飴玉のようなエネルギーがぽこぽこと発生してきて面白い。
 これが友恵の成果となるんだから、本人はおかしくってたまらないだろう。

  「すっごーい! 今日のだけでビン1つ以上のエネルギーが溜まったわ!」

 目をキラキラさせながらエネルギーの詰まったビンを見つめている友恵。
 誰も知らない人から見れば黄色い飴玉が入ったビンをただ見つめたいるだけにしか見えない。
 友恵の話ではこの1瓶で約50個入るらしい。それを3つ携帯している。2つ目を見たのも今日が初めてだが。

 ビンは無色透明で大きさは500mlの紙パックと同じぐらいなので携帯するのに不便だと思ったのだが、
 ドラ○もんの四次元ポケットみたいに便利に出し入れできる場所に入れてるだけなので重さは感じないらしい。
 なんとも羨ましい力を持ってるな、神の使いってのは。

  「数えるのに苦労するけど、大体75個ぐらい集まったわね。まぁあんたが一ヶ月間人助けして貯めた分も含めてだけど」
  「しかし驚くほどうまくいったな。こういうイベントにうまく便乗すればデカイってわけか」

 現在、2つ目のビンの半分ぐらいまでエネルギーが貯まっている。
 しかしこれから3つ目のビンを使う機会が果たしてあるのやら。

 ふと気がつくと、俺と友恵が成功を喜んでいる横で柳沢がぐったりしていた。
 そういや今朝から会っていなかったが……。

  「おーい、どうした柳沢!」
  「と、と、とも、友恵ちゃ、友恵ちゃんのチョコ……」
  「すまん、大門。これ(柳沢)、どういうことだ」

 ピクピクしながらブツブツ呟く柳沢を見かねて、近くにいた大門に助けを求める。

  「柳沢のやつ、助っ人部のチョコ申し込みをすっかり忘れてたらしいのだ」

 ああ、確かに助っ人部の一員だからといって申し込んじゃいけない道理はなかったな。俺は申し込む気が毛頭無かったけど。
 ……よく見たら大門の手にはしっかりチョコが。大雑把なくせして抜け目無い。

  「珍しいな、柳沢がこういうところでマヌケするとは。ちゃんと部活に出てて、何度も話し合いしてたのに」
  「それだからこそショックなんじゃあないか?」
  「ところで大門、それ誰のチョコ?」
  「うん? ああ、先生名義のチョコだ。助っ人部なんだから気ぃ利かせてくれりゃいいもんを……」
  「あら? 浜松君は誰のチョコが欲しかったの?」
  「あ、いや、うむ。なんでもないぞ」

 大門の入部理由を友恵は聞いてるはずだから、恐らくからかってるんだろう。
 ってか大門も聞かれてるのを知ってるはずだから今更隠さなくてもいいだろうに。
 まぁ、大門は大雑把な性格だけど、開き直るほど恥じらいが無いわけでもない。

  「友恵ちゃんのチョコ……友恵ちゃんのチョコ……友……チョコ……かゆ……うま」

 柳沢は壊れたラジオのようにブツブツと同じこと繰り返している。
 漫画的表現をするならば口からエクトプラズムがプワプワ出ていると言った感じだろう。
 ってかかゆ うまってなんだ。

  「あっ、友チョコで思い出したわ。まだめぐみにあげてなかった」

 そう言うと友恵が女友達の方へ行った。
 めぐみというのはウチのクラスの友恵の友達だ。

  「近年は女同士でもチョコを渡すんだなぁ。どう思う、ヤスよ」
  「いや、どう思うって言われてもな。男同士だったら気持ち悪いが、女同士ならいいんじゃないの?」
  「そりゃあ男の価値観だろ。俺はこの友チョコというのがどうにも気に食わんのだ」
  「そりゃまたなんで?」
  「うまく言い表せないが……とにかく気に食わん」
  「ま、気持ちはわかるけどねぇ……」

 大門の性格的に何かが引っかかるんだろう。
 何が言いたいのかはわからないが、大門の気持ちは十分伝わった。

  「……友……ゃん……チョ……」

 柳沢の気持ちも……わからないこともない。

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 今日は部活の日ではないのだが、とりあえず部室に全員集まった。

  「大成功ー!! いぇーーーい!!!」

 友恵のハイテンションな音頭で回りもにわかに成功を感じ取る。

  「朝から凄かったねー! ま、わたし名義のチョコもあるからちょっと恥ずかしかったけど」

 頬を少し赤らめて許斐さんが言った。
 ふと思ったが、義理チョコを大量に上げた女の子はどういう気持ちなんだろうか。
 少なくともその気持ちは一生わからないだろう。

  「先生はちょっと困ったわ。授業に行ったクラスの子の視線とか……。
   まぁちょっと学生時代の気分を味わえて良かったけれどね」
  「俺も一応生まれて初めて女子からチョコを貰ったからなぁ! 万々歳だ!」
  「……あれ、柳沢の姿が見当たらないんだが……」
  「柳沢君ならそこで黄昏てるわよ」

 許斐さんが指差した方向には、窓の外を眺めて柳沢が黄昏ていた。

  「黄昏んなよ柳沢! まだ昼だぞ!」
  「ふふ……ヤス、お前もわかるだろ……? チョコを貰えるチャンスをみすみす見過ごした男の気持ちが……」

 柳沢は一通り言い終えてから自嘲気味に「ハハッ」と笑った。

  「らしくないぞオイ! お前はいつでも大声で元気ハツラツキャラでいるべきだぞ!」
  「まだ立ち直れねーさ……」

 柳沢がこんなにも落ち込むなんて初めてだ。
 壊れたラジオ状態よりは回復しているものの普段の様子とは程遠い。

  「……はぁ。しょうがないわね~」

 友恵がため息をつきながらカバンからごそごそと何かを取り出した。

  「はい、これあげるから元気出しなさいよ」
  「……え、なに……? ん? え、お? 
   ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!??

 柳沢の表情が一変して驚愕と歓喜の入り混じったものになった。
 何故なら……友恵の手にはポッキー(しかも1本だけ)が握られていたからだ。

  「これチョコじゃないかぁーーーーーーーーっ!!!!」

 チョコ……と言われるとかなり微妙だが、チョコが付いてることは確かだ。
 俺としては微妙な判定だが、柳沢審判の判定は100%チョコ扱いらしい。
 声のボリュームがすっかりいつもの調子に戻っているのが何よりの証拠だ。

  「中島、こういう場合はせめて1パックじゃあないのか?」
  「いいじゃない。今思いついたことだし、1箱しかなかったのよ。ほら、あんた達にもあげる」

 そう言って友恵は俺と大門にポッキーを差し出す。
 数はもちろん……1本だ。

  「何よ、その微妙~って顔は。1箱に2パックしか入ってないんだからしょうがないでしょ?
   それにほら、柳沢君喜んでるみたいだし」
  「ふおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 柳沢は友恵から受け取ったポッキーを手にしながら、顔を真っ赤にして叫んでいる。
 最低から一気に最高へと感情が引き上げられたせいか、嬉しさをどう表現していいのかわからないんだろう。

  「元気あってこその柳沢君よねー。あたしは残念ながら何も用意してないんだけど」
  「青春ねー……」

 柳沢を見て先生が楽しげに言った。
 果たしてこれが青春の正しい形なのだろうか。

  (康孝殿。ちよこを貰えて良かったでござるな! めでたいでござる! )

 そういや不覚にもこのポッキーが人生初のバレンタインチョコだ。
 いや……友恵は世間的には家族だし、ノーカウントか?
 う~ん、なんとも微妙なチョコだ。……しかもポッキー1本だし。

  (拙者の時代にはちよこは無かったでござるからして、拙者もちよこを貰ったことが無いんでござる。羨ましいでござるなぁ)

 というか、侍さんは食べたこともないでしょ。
 今は幽霊だから食べれないしね。

  (良き時代でござる……。平成時代……)

 なんかノスタルジックに窓の外を見る侍さん。

  「ん、ヤス、何見てんだ?」
  「いや、虫が飛んでるかな~なんて」

 大門が不審がって俺に尋ねてきたので適当にお茶を濁す。
 そういや侍さんは姿を現してないな……。でも最近俺は常時見えるようになった……。
 やっぱどんどん感化されてってんのかなぁ。

 ってか侍さんって何で俺に憑いてんだっけ?

  (拙者もよくわからないでござる……)


  >>第10話に続く