人助けの男 第8話「友恵の秘密」



  「こ、こんなに集まったのか!?」

 この前のモテないくん救済イベントの締め切り日。
 設置しておいた箱に入れられた申込用紙を集めてみたが……、その数に心底驚いた。
 正確な数を数える前の、200円が包まれた申込用紙が雑多に置かれている状況だが、
 軽く見て100は超えてるんじゃないだろうか……?

  「ボロいもんでしょ? 人助けもできてお金も儲かる! ま、チョコ製作にお代はかかるけどね」

 200円が100だとして、単純に計算すれば2万円だ。
 いくらチョコたくさん作るっていってもそんなに値段かかるか……?

  「やっぱりお金取るのは良くないんじゃないかしら……。先生、学校に怒られちゃう……」
  「今更それを言いますか……」
  「で、でも~、あの時は色々あったし~」

 先生が苦笑いしている所に、友恵はチッチと指を振った。

  「学校の許可は取得済みです、先生。でなければ、そもそもチラシを張る許可も出てませんって」

 言われて見ればそうだ。……また例の力を使ったな、こいつ。
 事情を知らない柳沢や大門がいる手前、それを臭わせるような発言はしていないが……。

  「はい、というわけで! みんなで集計するわよ。全体数の把握、何年何組の誰なのか、調べることはたくさんあるわ」
  「こんなに数が来るとは思ってなかったし……かなり大変そうだなぁ」
  「ま、これだけあれば遣り甲斐はあるぜ!」

 応募用紙を目の前に項垂れる大門とは対照的に、柳沢は結構やる気みたいだった。
 どうせ友恵に格好良いとこ見せたいとか、そんな下心が原動力なのだろうが……。
 俺は俺として、人助けの背景もあるし、うだうだ言ってられないんだけど。

  「先生、例の物、持ってきてくれました?」
  「え? ……はい? 例のもの??」
  「各学年、各クラスの座席表ですよ!」
  「あ、あぁ! そういえばそんな話をしていたような……」
  「しっかりしてくださいよ……。あれが無いと配れないんですよ」
  「ご、ごめんなさい~~……」

 生徒に怒られる先生……。見てるこっちが辛い。
 許斐さんがすまなそうな顔をして先生を見ていた。
 ……ホント、社会人としてやっていけてるのか心配だぞ先生。

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 集計した結果、チョコを申し込んだ正確な人数は、どうやら171人らしい。
 この学校にそんなにモテない人間がいるとは思わなかった。
 いや、俺みたいにモテてなくても申し込まなかった奴もいると考えると、それ以上?

  「それじゃあ女子は明日チョコ作りしましょう。金曜は配っておしまい!」
  「チョコは女子で作るんだろ? 男子は何すりゃいい?」
  「男子は……特になし!」
  「なしかい!」
  「まぁ、俺らは申込用紙作ったり、張り紙作ったり、既にやるこたやったからなぁ」
  「俺は友恵ちゃんが何かしろっつったら、タダでも喜んでやるぜ!」

 無駄に張り切り過ぎな柳沢。
 さすがにそろそろうっとおしくなって来たぞ。

  「何かやるっていっても、本当に何もやること無いのよ」
  「じゃあさ、じゃあさ! 俺らもチョコ作るの手伝うってのは?」
  「はぁ? ダメに決まってるじゃない」

 柳沢が元気に挙手して提案するも、バッサリ切られる。
 友恵の強い物言いに、少し怯んでいる。

  「バレなきゃ大丈夫じゃないのかぁ?」
  「じゃあバレたらどうするのよ。今まさに“これから”って時なのに、いきなり助っ人部の信用がなくなるでしょ?」

 大門がフォローを入れるも、サラリと返す友恵。
 確かに今は新設したばかりの助っ人部の身を固めていくために信用を得なくちゃならない。
 真っ当な意見といえる。

  「あとね、チョコを作るのに調理室を借りる予定なのよ。明日の放課後は空いてるらしいから。
   その時人が通りかからないとも限らないでしょ? だからチョコ作りは女子だけでやるわ。
   幸い、男子がチョコを貰うのを躊躇するような不細工な子はいないしね」

 不細工な子にかなり失礼だが、俺が評するに「下」以下の面子はいないのは確かだ。
 …………友恵はどう見ても中の下なんだが。

  「そういや、チョコの名義はどうするんだ?まさか助っ人部なんて書くんじゃないだろうな」
  「そうねえ。総数171だと……2で割れないわね」
  「3なら割れるよ? 57で」
  「3?」
  「そう。3♪」
 俺の疑問にニッコリ笑顔で返す許斐さん。
 その時、タイミングを見計らったかのように、ガラッと部屋の扉が開いた。

  「全学年の座席表貰ってきたわ~」

 ピッと先生を指を差す許斐さん。

  「え、先生!?」
  「ナイス! ナイスよ、ミミ! 3で割りましょう!」
  「は、はい? な、なんのこと~~??」
  「ふ~み~ちゃ~ん♪」
  「な、なぁに? ミミちゃん?」
  「一緒にチョコ作りましょ♪」
  「え、ええ~~~っ!??」

 当の本人が話を理解しないまま、友恵と許斐さんがワイワイ盛り上がっていた……。

  「いいのかぁ? 先生が協力して……」
  「部長として止めてもいいんだぜ、ヤス」
  「いや……特に止める必要はないかな」

 友恵の裏技のおかげで、問題にはならないはずだし。

  「…………止めてくれてもいいんだぜ? ヤス!?」
  「と、止めて欲しいのか!?」
  「友恵ちゃんのチョコに当たる確率が減るじゃねえか~~~!!」

 あー、はいはい。
 こいつはとことん友恵脳だった。
 マジで人の人生変えてるぞ、友恵さんよ。

  「でも友恵のにあたった奴は逆に不幸じゃないか?」

 友恵脳の柳沢に言うのは憚れるので、同じ友恵好きとはいえ少しはマシな大門に向けて言った…………が。

  「……は? 逆に幸福だろぉ?」
  「また妹補正かよヤス!」
  「不幸は酷いんじゃない、中島くん」
  「先生も、中島さんは綺麗な子だと思うけど……」

 すごい勢いでみんなが反論してきたので少しビビった。
 先生も許斐さんも、そっちで話してたんじゃないっすか……?

  「ちょっと待って、ストップ、待って……。……なんで? こいつが美人??」

 友恵を指差しながら俺は言う。

  「どう見たってなぁ……なぁ柳沢よ」
  「そうそう。美人じゃないなんていってるのはヤスだけだぜ」

 う、うそーん…………。

  「中島くん、もしかしてブス専?」
  「そんなわけないだろ! ……しかし、なんで……? なんでみんなこいつが美人だと思うんだ……?」
  「ま、しょうがないよな! ヤスは妹属性皆無だから!」
  「なんの属性だよ!!」
  「はいはい、話ズレすぎ。とりあえずチョコの名義は3等分するってことでいいわね」
  「名義だけじゃなく、一緒に作るの! 良いよね、ふみちゃん?」
  「よ、よくない~……っ。それに貰う方も、10個年上のおばさん……から貰うより、同年代から貰うほうが良いでしょ……?」

 言い分のために自分をおばさんと言って、自らダメージを負う先生。
 こういうところも抜け神の影響だったりするんだろうか。

  「大丈夫、大丈夫! ふみちゃん、もっと自信を持って!」
  「そうそう。先生、意外と生徒人気あるし、いいんじゃね!?」

 珍しく友恵以外のことで柳沢が女性を褒めた。
 ……いや、元来珍しいことではなかったはずだが、友恵が来てから柳沢は友恵以外アウトオブ眼中だったから……。

 先生が押しに弱いことは許斐さんだけでなく、みんなも知っていることだ。
 みんなにどんどん押されていった結果、先生もチョコを作ることを(渋々)承諾した。

  「で、結局男子はもう何もやらないでいいんだな?」
  「うん。っていうかチョコに関しては、何もしないで。副部長命令よ」
  「何もしないのが友恵ちゃんのためになるなら、何もしないぜ!」

 ということで話が落ち着き今日のところは解散となった。

 しかしみんながみんな「友恵は美人」なんて言うと思わなかった。
 柳沢や大門はいままで「物好きな奴」だと思っていたがどうやら違うみたいだしなぁ……。

 というわけで、家に帰ったところで友恵に聞いてみた。

  「お前、1週間以内に人助けしないと死ぬってこと以外に俺になんかしたのか?」
  「何よ急に。別に何もしてないわよ?」
  「いや、でもさ。どう見てもお前が美人には見えないっつうか……」
  「何もしてないって。“あんたには”ね」
  「……え? なに!? ってことはみんなに“何か”したのか!?」
  「あんたにはあたしのありのままの姿が見えてるでしょ。この……なんとも微妙な顔がさ」
  「なんだ、自覚してんのかよ」
  「うっさいわね。女の子は美しさに憧れるものなのよ。本当はあんたにもこんな顔見せたくなかったんだけど……」

 友恵は俯きながら頬をポリポリと掻いた。

  「そこまで卑下すんなよ。不細工の域には達してない……と思うし」

 俺が間違ってないことは証明されたが、まだ自分のセンスに疑問を残したままなので、“思う”と曖昧な答えをした。

  「それで……なんで俺にはお前が美人に見えないんだ?」
  「そういう条件は一人につき一つしか使えないの。あんたには一週間に一度人助けしないと死ぬってのを付けちゃってるからねー」
  「じゃあそれ外せよ!?」
  「ま、もう外してもいいんだけどさ。急に顔変わったら戸惑うでしょ? それに立場上双子の兄妹だから、惚れられたりしても困るし」
  「惚れるか馬鹿」

 どんなに美人でも中身がこれじゃ幻滅だぜ。

  「ま、とにかく他のみんなには美人に見えるようにしてるわけよ」
  「わかった……。じゃあ、とりあえず一週間に一度人助けしないと死ぬっていうのはもう外してくんない?」
  「えー、やだ」
  「やだ、じゃねえよ!?」
  「いいでしょ、別に。いままで通り! いままで通りよ!」

 もうしょうがない。こいつに何言っても無駄だ。あきらめよう……。
 しかし俺以外の人間には全員友恵が美人に見えてるのか……。
 柳沢はともかく、大門もかなり好意寄せてるし、みんなにはこいつがどんな絶世の美少女に見えてるんだか……。

  「あ、そうだ。それって他の神の使いにも効果あんのか?」
  「直接干渉するわけじゃないからあると思うわ。現にミミだって私のこと美人だって言ってたでしょ?
   もしかしたらミミも同じようなことしてるかも知れないわ。結構顔立ち整ってるし」
  「うわ……なんか怖いな、それ」
  (拙者はどっちが見えているでござるか?)
  「どっちってどういうこと?」
  (美人の友恵殿か、ありのままの友恵殿か、でござる)
  「見てわからないの?」
  (いやはや、拙者は古い人間でござるから現代の美的感覚がよくわからないのでござる)
  「現代の美的センスねぇ……」
  「侍さんは友恵を見てどう思うんだ?」
  (それなりに綺麗だと思うでござる)
  「ありがと。侍さんには何もしてないはずだから、本当のあたしが見えてるわよ」
  (え、え? そうならそうと最初から言って欲しいでござるよ!)
  「よかったじゃないか友恵。物好きがいて」
  「あんたねぇ……殴るわよ?」

 とにかく、みんなは友恵が美人に見えていたんだな……。
 ってことは友恵のチョコを貰った人はかなり喜ぶんだろう。
 これで一気に171個もエネルギーが手に入るわけだ。なんつーか凄過ぎる。
 …………なーんか引っかかるような気もするけど、まぁいいか。


  >>第9話に続く