人助けの男 第7話「大切なのは結果だ」



 今日も今日とて学校だ。いつも通り学校へ行く。
 最寄の駅を降りたとき、俺達に強い風が吹きかかる。……寒い。
 今は2月の初め頃、まだまだ寒気は続く。
 3月からは暖かくなるはずなんだが、その一月まえの2月が一番寒くなる時期というのは少し納得がいかない。

  「あんたが納得しなくても、そういうもんなのよ」
  「理屈じゃないんだよ。もっと緩やかに変わっていくべきだと俺は思う」
  「結局、好みの問題ってわけ」
  「忙しないのが嫌なだけだ。……っつーか、モノローグの話題に乗っからないでくれませんかね!?」

 そんな会話をしていると、前方でハンカチを落としたおばあさんが目に入った。

  「チャーンス! 行ってきなさい」

 大きな音が鳴るぐらい思いっきり背中を叩かれて、俺はおばあさんの方へ駆け出した。
 ……ったく、それほど痛くはないにしろ、言われなくても行こうとしたものを、友恵のやつ……。
 っと、これから人助けだというのに、負の感情を出していてはいけない。笑顔、笑顔!
 そうして俺は、人の好さそうな顔でおばあさんに話しかけた。

  「おばあさん、ハンカチ落としましたよ」
  「あら、ありがとうねえ」

 お婆さんは歩みを止めて俺にニコリと微笑むとハンカチを受け取り、また歩きだした。
 人助け完了。このちょっとしたやりとり。これだけで俺の命は一週間延びる……! 酷い話だが。

 そこでふと、おばあさんの背後に黒い影が浮かんでいることに気付く。
 なんだかよくわからないが、人の形をしているようにも見える。

  (私が見えるの……?)

 突然何者かに話しかけられて驚いたが、頭はすぐに理解した。
 この“黒い影”に話しかけられたということを。
 俺が戸惑いつつもコクリとうなずくと、黒い影の中から女の人の頭が浮かんできた。
 金髪で結構な美人さんだ。その美人さんは俺に軽くウィンクを飛ばすと、黒い影に消えておばあさんと共に行ってしまった。

  「まさか、あんた見えてたの?」

 すぐ背後から友恵の声が聞こえたので慌てて振り返ると、いつの間にか友恵がすぐ近くまで来ていた。

  (完全に見えていたようでござるよ。)

  「なんなんだありゃ? あれも神の使いなのか?」
  「そうね。あれは……死神の使いよ」
  「し、死神だって!?」
  「はぁ~……可哀想ね、あのおばあさん。もうすぐ死んじゃうんだ」
  「寿命が近いってことか? 見た目高齢だろうし、しょうがないことじゃないか?」
  「違う違う。寿命で死ぬ場合は死神なんかに憑かれないわよ。何か他の事……、事故とか病気とか災害とか」

 俺は唖然とした。なんだって俺は死神を見ちまったんだ……。

  「死神の使いは通称デス・ストーカー(死の案内人)って呼ばれててね。他の神の使いからも気味悪がられてるのよ」
  「お、俺、あの死神の使いにウィンクされちゃったんだけど…………」
  「………………………………………………まぁ別に害は無いでしょ」
  「ちょっ、その間はなに!?」

 何も語らない友恵に不安は募るばかりだったが、どこかからかってそうな雰囲気だったので、そこまで真剣には受け止めなかった。
 ……しかし、気になることは気になる。……やっぱ不安じゃねーか、俺……。
 やがて学校に着く。

  「セェーーーーーー~~~~~~ッフ!! あっぶねえええええ!」

 予鈴が鳴ると同時にうるさいやつが今日もやってきた。もちろん、柳沢だ。
 ……そういえばいま気がついたが、今朝は柳沢が通学路途中で現れていなかったな。
 邪魔なぐらい存在感のある柳沢の事を忘れているほど、俺は死神のことを気にしていたらしい。
 これは、自分で意識しているよりもずっと不安に思っているってことだ……。

  「何? 死神が見えたって? ヤス~、お前にしちゃ面白いマイケルだな!」

 気付いたら柳沢に死神のことを話していた。
 どんだけ不安だったんだ、俺は。
 っつーか何だ、マイケルって。

  「ふははは……! ジョーダンと言いたいのだろう! 柳沢よ!」

 大門が柳沢の洒落を解説してくれた。
 ……ふるい。センスが古い!

  「お前、今時マイケル・ジョーダンのシャレなんて誰もわかんねーよ!」

 以前の合点承知の助といい、今のといい、柳沢のギャグセンスは時代遅れなんじゃないかと思う。
 というか柳沢に死神のことを言っても仕方がない。
 でも不安は不安だ。愚痴を零すのと同じ要領で、誰かに言うと楽になるというパターン。話を聞いてくれるなら柳沢でもよかったってことだ。
 ……神の使いのことを話すのはどうかと思ったが、口から出てしまったものは仕方がない。
 幸い、友恵もクラスの友人とおしゃべりに勤しんでいるので、なにか言われることもなかった。

 少しは軽減された(はずの)不安を抱えながら、いつの間にやら放課後。

  「世間は! もうすぐバレンタインデーよ!」

 乾燥した室内に、友恵が叩いたホワイトボードの音が響いた。
 毎週水・金曜日は助っ人部の活動がある。所謂、活動会議だ。
 その会議で友恵が開口一番に発言したのがこれだった。
 そう、世間は2月。あと一週間と少しで学生達のウハウハドキドキイベント、バレンタインデーが訪れるのだ。

  「バレンタインがどうかしたの?」

 許斐さんが友恵に聞いた。確かに、バレンタインがどうしたというんだろう。
 友恵のことだし、いきなり会議で世間話を始めたわけでもあるまい。

  「どうしたって……、かつてない人助けのチャンスでしょ!」
  「バレンタインが人助けのチャンスって、そりゃちょっと無理があるんじゃないか?」
  「ちっちっち……。良い案があるのよ、良い案が……!」

 友恵以外、全員の頭に一斉にクエスチョンマークが浮かんだ。

  「友恵ちゃんッ! 君の意見を聞こうッ!」

 ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった柳沢が、某スタンド使いの物真似をしたが、
 大門が少し笑ったぐらいで、今度は友恵含めた他の全員が柳沢の変なテンションにクエスチョンマークを浮かべる。
 このままクエスチョンを頭に乗っけていたら話が進まないので、俺は友恵に話を進めるよう目配せした。

  「ではここで質問です。男子諸君。この中でバレンタインにチョコ貰ったこと無い人~?」

 ……いきなりの質問に少々面食らった俺らだが、もちろん3人とも手は挙げなかった。
 というかそんな質問をされて挙げるわけがない。恥を晒すだけだ。

  「聞き方がまずかったか。母親、家族からのチョコはノーカウントだったらどう? これでも貰ってると言える?」

 …………また誰も挙げない。聞き方とかそういう問題ではないのだ。

  「う~ん、見栄っ張りさんだ! じゃあこうしましょ。クラスの女の子にチョコ貰ったことある人!」

 …………やはり誰も挙げなと思ったら柳沢が挙げてるだとぉおおおぉぉおぉ!??

  「うそー!? 柳沢君貰ったことあるんだー!?」

 ビックリした声で言う許斐さん。

  「貰ったことがあるのかぁ!? 柳沢よ!」

 かなり慌てる大門。

  「お前がもらえるなんてありえねぇええぇえぇ!!」

 そして悔しさ100%の俺。
 みんながみんな驚いているが、中でも友恵が一番驚いている様子だったのは少し可笑しかった。

  「おいおいおい! ちょっと待ってくれよ! 俺は正直者だぜ! 小学生の頃にな! 貰ったんだよ!」
  「ずるいぞぉ柳沢ぁ!」
  「俺だって貰ったことないのに!」
  「ちょっとちょっとみんな落ち着いてっ! 確かに柳沢君がチョコ貰ったことあるっていうのは意外だったけど、責めることじゃないでしょう?」

 先生が熱くなってる大門と俺を止めに入る。
 しかしサラッと柳沢に対して失礼なこと言ったのを俺は聞き逃してませんよ先生……。

  「ぐ、むぅ……、しかし悔しいことに変わりは無いぞ。何で俺が貰ったこと無いのに柳沢が……」
  「まったくだ」
  「あんたら、自分が貰ったこと無いこと言っちゃってるじゃない」

 …………はッ!? 何たる失態……! 墓穴……!!
 しかし大門も貰ったことがないのがわかって、少しだけ安心した。

  「……と、とりあえず俺達が貰ってないのはこの際どうでもいいだろ。柳沢のチョコの話だ!」
  「そ、そうだぜ。柳沢よ、お前いったいいつ貰ったんだ?」
  「あぁ、この丘科市に来る前は田舎の方に住んでてさ、その時付き合ってた女の子に貰ったんだよ」
  「ちょ、おま、彼女もいたのかぁ!?」

 なんてことだ……。大門が驚くのも無理は無いが、柳沢に彼女がいたなんて初耳だ。

  「へ、へぇ~? その彼女はすごく変わった趣味だったのね~?」

 先生が顔を引き攣らせながら言った。
 いや、だからいくらなんでも生徒に対してその発言はまずいですよ、先生……。

  「文香ちゃん、彼氏イナイ暦26年なのよ……」
  「ブッ……! それイコール年齢では……」

 許斐さんがなぜか俺に小声で伝えてきた先生の交際事情を聞いて思わず吹き出してしまった。
 ……と、同時に斜め前方から謎のプレッシャーを感じて目を向けるとそこには、先生の顔をした修羅がいた。

  「ミ~~ミ~~…………!!」
  「うひゃあ!? き、聞こえちゃってた……? あはは……」

 普段のやさしい笑顔と、現在の“修羅顔”とのあまりのギャップに俺たちは全員凍りついた……。

  「そういうことは言わないでっていつも言ってるでしょ……ねぇ……?」
  「ちょ、ちょっとした話のタネ……でぇぇぇ~~~~!!」

 先生は椅子に座っている許斐さんの後ろから、ものすごい勢いのグリグリ攻撃を仕掛けた。
 許斐さんの隣は俺だ。超怖い……。

  「いったい誰のせいでいままで彼氏いないと思ってるの本当にそりゃ私にも悪いところはあると思うけど仕方ないじゃないだってドジ踏むのは
   性分なんだしそれもこれもあなたのせいとは言い切れないけど私だけが悪いわけじゃないはずだしこんな仕事してたら出会いも少ないって
   いうかそれでも私だって普通の恋愛したかったわなんで過去形まだ遅くないこれから新しい出会いもあるしでも周りに良い人なんて全然い
   ないこういう環境も問題あるだけどこの仕事選んだのわたしだやっぱり自分のせいなの今更気付くとかやっぱり私ってドジじゃないああもう
   いや~~~~~~~!!!!!」
  「ごめんなさい、ごめんなさい~~~! もう言いませんから~~!!」

 ものすごく早口で己の恋愛に関する不満を吐き出す先生を見て俺たちは悟った。
 先生の前で恋愛の話をするのはやめよう…………と。

  「じゃ、気を取り直して…………、中島さん、話を続けてっ!」

 何事もなかったかの如く、ケロッと先生が言い放つ。
 さすがの友恵も戸惑いを隠し切れていなかったが、あの雰囲気を引きずるよりマシだと判断したのか、口を開いた。

  「え、えっとね。うん。えー、なに話すか忘れちゃったわよもう……!」

 友恵はかなり取り乱した様子で髪の毛をわさわさやっている。
 こんな調子の友恵は中々見られない。

  「あ、そう、思い出した! モテないくん救済イベントよ!」
  「モテないくん救済イベント……!?」
  「お前らのことか」
  「調子のんなよ柳沢ァァァ……」
  「たかが彼女一人いたぐらいでェェェ……」

 邪気があふれ出す勢いで柳沢を睨みつける俺と大門こと、モテないくん……。

  「で、その救済イベントってどんなことするんだ? 人助けとなんか関わりあるのか?」
  「それを今から説明します。耳の垢掃除して一言一句聞き逃さぬよう拝聴するようお心がけください。二度は言いません!」
  「変な前口上は良いからさっさと始めろ」
  「うっさいわね! いいから聞きなさい!」

 友恵の言うモテないくん救済イベントとは……
 その名の通り、バレンタインにチョコを貰ったことのないモテない男を救済するイベントだという。
 つまりモテないくんにチョコを上げて喜ばせようって魂胆だ。

  「これを校内の至る所に貼るわ」

 友恵が手に持っていたA4サイズの紙っぺらを数枚、卓上に並べる。
 その紙っぺらにはこう書かれていた。

―バレンタインにチョコが貰えないとお嘆きのア・ナ・タ! 助っ人部があなたのお悩みを解決します!
申し込み用紙と手数料200円を丸めて適当な袋にいれて部室前のBOXに入れてください! 当日素敵な手作りチョコがあなたの机の中に……―


 途中で読むのが恥ずかしくなったのでここまでにしておくが、後は申し込み締め切り日時等が書かれていた。

  「これは…………、いいんじゃない!」

 友恵以外の唯一の女子である許斐さんは好意的な様子。
 先生は……どうしよう、さっきからニコニコした笑顔で会議を見つめているだけでなんのリアクションもしない……。
 たぶん話聞いてないんだろうなぁ……。

  「ちょっと待ってくれ中島。こんなことで貰った男は喜ぶと思うのか……?」

 大門がチラシ片手に友恵に訊ねた。
 ちなみに大門は友恵のことは「中島」、俺のことは「ヤス」と呼んでいる。

  「浜松君。既成事実って知ってる?」

 既成事実……。よく漫画で女の子が言ってる場面が頭に浮かぶ。

  「つまりね、どういう形であれ、女の子からチョコが貰えることは紛れもない事実!」
  「その通りだ大門! 俺も友恵ちゃんからチョコが貰えるのなら!! その過程や方法など……!」
  「どうでもよい……のかぁ?」

 結果良ければ全て良し……ってなことだろうか。
 こういうのは過程も大事な気がするけどな。

  「う~む……そ、それなら俺も頼んでいいか?」
  「ま、別に助っ人部員だからってダメなルールはないわ。あんたも頼む?」

 そこで俺に振るか……。
 俺も男だし、見栄っ張りなところも少々あるからチョコはほしいけど、手数料取るってなんか詐欺だよなぁ?

  「なあ友恵、そのチョコはいったい誰が作るんだ?」
  「そりゃあ…………わたし? ミミにも手伝ってもらうとして」
  「お前のチョコで喜ぶのかよ」
  「しっつれーね! 需要はあるはずよ!」
  「そうだぞヤス! 俺とかな!!」

 そりゃ柳沢は喜ぶだろうけど……って、こいつも申し込むつもりだな……!?

  「それにね、誰に貰ったかじゃないの。チョコがもらえたという―――――」
  「あーはいはい、わかったわかった! で、男子は何すりゃいいんだ?」
  「チラシの量産。あと校内に貼り付け作業。あと申し込み用紙も作って」

 なんかチョコ量産する方が楽な気がするのは気のせいだろうか……。

 とりあえず決めることも決まったので今日のところは解散し、帰宅する。
 いろいろあったせいで、すでに不安は消し飛んでいたが、今朝の死神についてふと思い出したので友恵に聞いてみた。

  「あのさ、俺今朝死神見ちゃったじゃん。……なんで俺に見えたんだ?」

 死神を見た影響については何も言わなかった友恵だが、この質問にはあっさり答えてくれた。

  「んー、そうね。誰にでも見えるわけないし、やっぱ私の影響かな?」
  (案外、拙者の影響かもしれぬでござる)
  「あ、それありそう」
  「ちょ、まて! あるのかそれは!?」
  「侍さんって幽霊の中では強いほうだから。感化されて霊力っぽいのが身についたんじゃないの?」
  (普段は空気でも、康孝殿に与えている影響は大きいんでござるな! はっはっは!)

 うわぁ……どんどん普通じゃ無くなっていくじゃん俺……。
 3ヶ月くらい前までは普通の高校1年生だったのになぁ~。はぁ……。

 で、ついでに死神を見た影響について聞いたが、含み笑いを返されるだけで、答えてくれなかった。
 …………やっぱりからかってるだけだわ、これ。


  >>第8話に続く