人助けの男 第4話「初詣初幽霊」



 期末テストを乗り越えて、あっという間に過ぎ去った年末。
 師が走るほど忙しいから“師走”だなんてよく言うが、俺は師でも弟子でもないのでゆっくりしていた。
 「人助けしろ~」だのとうるさい双子の妹(仮)もいたが……、概ねゆっくりしていた。
 そんなゆっくりしていた俺でも、年末はあっという間に過ぎ去る。

 かくして新年。世間はお正月ムード。
 俺も正月気分で朝食のお餅をパクついてる真っただ中だ。
 そんな時にピーンポーンと家のチャイムが鳴る。

  「は~い」

 台所にいた母さんがドタバタと玄関に向かった。

  「ねぇ、康孝。誰が訪ねて来たと思う? あたしは宅急便に一票!」
  「バカ、こんな正月から来る宅急便がどこにいるんだよ」
  「じゃああんたは誰だと思うのよ」
  「うーん……、父さんかな? 正月には帰ってくるって言ってたし」

 うちの父さんは出張、それも海外に行くことが多くてあまり家にいない。
 現に友恵が来てから父さんは一度も帰ってきていないので、まだ父さんは友恵の魔の手に落ちていないのだ。

  「あ、そう。じゃあ記憶操作の準備しておかなくちゃね~」

 なにか手からバチバチするエフェクトを出していたが、見なかったことにする……。
 ……っていうか、比喩表現じゃなくてマジで魔の手じゃねーか!

  「たかちゃん、お友達よ~」

 母さんが戻ってきて俺を呼んだ。

  「俺の友達か……。それにしちゃ呼ぶのが遅かったな」
  「康孝の友達……って誰かな?」
  「約束もしてないのに訪ねてくるやつは一人しか思いあたらないな」
  「…………あぁ」

 友恵も察したらしい。
 答えあわせに玄関へ向かうと、そこには正月からヘラヘラ笑ってる柳沢がいた。
 俺の後ろにいた友恵が小声で「案の定ね」と小突く。

  「よう! ヤス! あけおめ!!」
  「あけおめ」
  「おめでとー」
  「柳沢、正月の朝から何の用だ?」
  「正月の朝に訪ねてくると言ったらアレしかないだろ!」
  「……まさか初詣とか言うんじゃないだろうな」
  「そのまさかよ!」
  「約束とかしてなかったよな?」
  「あー、してないなー。でも、いいだろ!?」
  「俺達が旅行とか言ってたらどうするつもりだったんだよ……。ま、現実は暇だけどさ」
  「なら、いーじゃん! 行こうぜ! 友恵ちゃんも一緒にな!」

 まあそんな予感はしていたが、柳沢がこんな正月の朝から俺の家に来た理由は友恵だった。

  「しかしお前の家からここまで遠いだろ。わざわざうちに来なくても……」
  「なあに、たったの4駅だぜ? 恋愛にはそれぐらいの障害が無きゃぁなあ……」
  「お前、いつ友恵と恋仲になったんだよ……」


  「……で、なんであたしが初詣行かなきゃなんないのよ」

 初詣に誘うと友恵はブーたれ始めた。

  「わざわざ柳沢が家まで来たんだからさ、いいじゃんか」
  「そうだぜ! どっちかというとヤス30%、友恵ちゃん70%目的だから、俺!」

 俺が0%ではないところに柳沢なりのやさしさが見える。
 30%の友情というのは正直悲しいが……。せめてもう一割は友情に割いてほしいぞ。

  「……まぁ行ってもいいけどさ。お参りはしないよ?」
  「え? なんでだよ、正月ぐらい……」
  「いいじゃんいいじゃん! 行ってもいいなら今すぐ行こうぜ!」

 疑問を問いかけるもすぐに柳沢が口を挟み、そのまま出かけることになった。


  「なあヤス。お前の母さんいくつだ?」

 家を出て少ししたところで、柳沢が問いかけてきた。

  「39だよ39。16歳の息子がいるにしちゃ若いだろ?」

 母親が若いというのは俺が唯一出来る家族自慢だ。
 なんでも出来ちゃった結婚で、当時両家の両親に迷惑をかけたとか……。
 まぁ、そんなことは柳沢に語る必要もないので黙っておく。

  「マジかよ! まだまだ若奥様で通用するじゃねえか!」
  「いや、さすがに39じゃ通用しないだろ!」
  「この前ヤスんち行った時はてっきりお前のお姉さんかと思ってたぜ」
  「いや、いくらなんでもそれは無理があると思うぞ……」

 確かに10歳ぐらい年齢詐称しても大丈夫な見た目だが、お姉さんはさすがに無いだろう。

  「いいなー。うちの母ちゃんなんてもうすぐ50だぜ」
  「誰も聞いてないわよ」
  「えぇー!? そんな冷たいこと言わないでよ友恵ちゃん!」

 確かに今の発言は冷たすぎる。
 柳沢……悪い事は言わないからこの女を狙うのはやめたほうがいいぞ……。
 …………まぁ、友恵がこんな態度なのも、柳沢の性格が原因なのだが。


 お喋りしながらしばらく歩くと、近所のそれなりに有名な神社に着いた。
 有名なだけあって人で溢れかえっている。

  「はぁ~、すげえ人混みだな。普段初詣なんか行かないからこういうの初めてだ」
  「俺なんか毎年初詣行ってるぜ! 一人でな!」

 なんか今柳沢がさみしい事を言ったような気がするが、思いやりを込めてスルーしてやろう。

  「あたし人混み嫌いなんだけどなぁ」
  「ここまで来てワガママ言うなよ。なぁ、柳沢?」
  「友恵ちゃん……、他の神社に行こうか!」
  「ちょっ、おい! そりゃないだろ!」
  「すまんヤス……、俺は友情より……愛情を取るぜ……! 許せ!」

 ここまで友恵一筋だと思わず柳沢を応援したくなってしまう。
 だがその恋愛は実らないのが目に見えているため、柳沢が哀れで仕方ない。

  「まぁ、元々お参りする神社なんて決めてなかったけどさ……。どこにいくつもりだ?」
  「たしか来る途中に寂れた神社があったろ? そこ行こうぜ!」
  「あ、それ賛成~!」

 さっきお参りはしないとか言ってたくせに、気軽に賛成する友恵。
 まぁ、柳沢に賛成するほど人混みが嫌いなんだろうけど……。


 そして寂れた神社にやってきた。

  「錆礼神社っていうのね、ここ。名前からして寂れてるじゃない」
  「ちらほらだけど、一応参拝客はいるみたいだな」
  「もしかして私達と同じ考えかしら? な~んて」

 そんな冗談を言う友恵だったが、案外的を射ている気がするのがなんとも……。
 とりあえず形だけの参拝して、おみくじを引きたいだけの人とか。
 寂れてる割には、ご丁寧におみくじあるし。

  「じゃあ早速お参りしようぜ!」

 俺と柳沢は賽銭箱の前まで来た。
 友恵は「邪魔になるから」と、遠目に俺達を見ている。

  「いくらにすっかな。……ん~、十円でいいか」
  「俺は友恵ちゃんとのご縁に期待して五え~ん!」
  「康孝ー、柳沢君のこと殴っていいわよ~」
  「なにっ!? ヤスにやられるぐらいなら、直接殴ってよ友恵ちゃんッ!」
  「うわ! さっさとお参りしなさいよ、アホ!」

 自ら殴ってもらいに行くとは、あそこまで上級者だと思わなかった。
 俺はギャーギャー騒ぐ二人を無視して、お賽銭に10円を投げ入れて鈴を鳴らした。
 パン、パンと二拍子。そして俺は願い事を言う。

  「友恵が……」

 ――いなくなりますように、……と言おうとしてやめた。
 最初はうっとおしいだけだったアイツも、随分気楽に接してくるから、こっちもいつの間にか友達みたいになっていた。
 友達がいなくなるようなお願いなんてするもんじゃない。たとえ人助けしないと俺が死ぬようにしてるやつでも、だ。
 …………これだけ聞くとすげーひでえ話だな。実際酷いっちゃ酷いんだが。
 ともかく、「友恵が」といってしまった以上、それに繋げて別の願い事を言うしかないな。

  「……んーと、……ギャアギャア騒ぎませんように!」
  「ちょっと! どういうことよ!」

 手提げカバンを振り回して柳沢を追っ払ってる友恵が俺の願いに突っ込んだ。

  「ギャアギャアうるさいから、神様に頼んでやめさせてもらおうってな!」
  「コイツのせいよ、コイツの!」
  「友恵ちゃ~ん! なんか俺の扱いどんどんぞんざいになってない!?」

 はぁ~。あの二人、恋愛とは全然違う方向に仲良くなってるような……。
 仲良いなんて言ったら、友恵は怒るだろうけど。


 神様へのお願いが通じたのか、俺の願いが直接伝わったのか、二人は騒ぐのをやめて一段落ついた。

  「……そういや、なんで友恵はお参りしないんだ?」

 先程、柳沢に阻まれた疑問をもう一度する。

  「私は人助けの神の使いだからね。他の神とはあまり関わりたくないのよ」

 柳沢に聞こえないよう、小声で返してきた。

  「別に、挨拶ぐらい良いんじゃないの? それとも関わっちゃいけない掟があるとか?」
  「そんなの全然ないわ。ただ、礼儀正しいご挨拶なんて堅苦しいことわざわざやりたくないだけよ」
  「なんだ、面倒臭がりか」
  「ふーん、あんたらはいいわよね。何者かも知らない神様に、適当にお願い言うだけなんだから」

 確かになんの神様を祭ってるのかなんて、全然知らない。知ろうともしていなかったな。
 友恵の対応を見る限り、人助けの神じゃなさそうだけど。
 まぁ、しかし神の世界も色々と大変そうだなぁ。

  「お! おみくじだ! 引こうぜおみくじ!」

 一人先を歩いていた柳沢が、おみくじの自動販売機を見つけて指差した。
 一回百円との張り紙が貼ってあった。

  「お金払ってまで大凶を引きたいなんて、柳沢君って物好きだね~」
  「ちょっ、なんで大凶って決めつけてんの!? でもそのギャグ面白いよ!」

 必死に友恵の好感度を上げようとしている柳沢を見ていると泣けてくる。
 さて、一丁俺も運試しと行きますか。
 今年の運勢は…………!!

  「…………小吉!」
 良くもなく、悪くもなく、と言った所か。
 少なくとも運勢が悪いほうに傾いてるわけじゃなさそうだ。

  「で、柳沢はどうだった?」
  「…………凶」

 あちゃー……。

  「くっそぉ……通りで……友恵ちゃんが素っ気無いと思ったぜ……」
  「いや、それは関係ないだろ」

 冷静にツッコミを入れたが、なんだか柳沢らしくない落ち込みようだった。
 普段ならこういうことでもケロッと笑いに変えてる気がするんだけど。

  「……あぁ、もう。しょうがないわね」
  「友恵?」
  「ほら、柳沢君。あそこの木! くじ結んで!」
  「と、友恵ちゃん……?」
  「利き腕と反対の手で結ぶのよ。そうすれば難を乗り越えたってことで、凶が吉に転ずるの」
  「ほ、本当に!? 知らなかったぜ! サンキュー友恵ちゃーーーーん!!」

 喜んで木に凶のおみくじを結び始める柳沢。

  「なんだよ、やさしいじゃんお前。いつもの態度に比べてさ」
  「これも性分。人助けの神の使いとしてのね」

 やれやれ、と首を振る友恵。飽くまで自分の性格には合ってないというスタンスなのか?
 ……でも少し見直したぜ。人助けの神の使い!


 やることも一通り終えて、話をしながらなんとなく神社の敷地内をウロウロしていると、突然友恵が言った。

  「待って、あそこに何かいる……」

 友恵が指差す方向には石碑がポツンと一つあるだけだ。

  「何かいる……って何? 生き物か?」
  「……あっ!」

 何か発見したように友恵が声を上げたが、俺は何も見えない。
 柳沢も明らかに頭から“”を出している。

  「どうしたんだよ。何もいないぞ?」

 今いる所は神社の建物の裏で人は俺たち以外見当たらないし、気配もしない。

  「なぁ、ヤス。友恵ちゃんはいったい何を見てるんだ?」
  「俺に言われてもな……」

 数十秒の沈黙の後、何か納得した様子で友恵が言った。

  「ちょっと二人とも、そこ見てて」

 友恵は何もない宙を指差した。言われるがまま俺たちはそこを見る。
 するとうっすらした影が現れ、それが次第に色濃く見えるようになってきた……!

  「な、なんだ!?」

 驚く柳沢。しかし驚くのも無理はない。
 宙に現れた影は刀を持ったサムライの形をしていたからだ。

  「と、友恵……なんなんだ、一体……!」
  「この人、自縛霊なんだって」
  「ゆ、幽霊!?」

 幽霊は苦手なのか、柳沢は冷汗をかいていた。
 そして突然その幽霊が話しかけてきた。

  『拙者、生前はしがない武士であった。しかしそれしか記憶がないのだ。どうして自縛霊になったのかすら覚えておらん』

 幽霊の声は頭に響くように聞こえてきた。

  「で、それがどうしたんですか、幽霊さん……」

 恐る恐る話しかけると幽霊は言葉を返してきた。

  『喋りかけずとも、拙者に伝えたいことを思うだけで言葉は伝わるぞ。……詰問の答えだが、この友恵殿が拙者の縛を解いてくれると言うのだ』
  「な、なんでそんなことするの、友恵……」
  「え? んー。人助けの協力者になってくれないかなーって」
  『その通り。何をするのか知らないが拙者はこの縛を解いてくれるのなら、出来る限り協力することを誓おう』
  「ね? なんか役に立ちそうでしょ?」
  「は、はぁ……?」

 幽霊が人助けにどう役立つのか甚だ疑問だ……。

  「え、えーと。俺置いてけぼりなんだけど」

 柳沢がいつもと違って小さな声で言った。

  「いや、俺もついていけてないから……。っていうか、いったいどうするんだよ、縛を解くって!」
  「つまりね、この侍さんは石碑に縛られてこの場から動けなくなってるのよ。だからその縛りの対象を他の物に変えてあげるの」
  「友恵ちゃん、そんなことができるのかい!?」

 吃驚仰天といった面持ちで柳沢が声を上げた。

  「ええ、できるのよ。こんなこともね!」

 バチッ!
 今朝方聞いたばかりの音が鳴ったと思ったら、直後、柳沢がぼんやりした顔で辺りを見回し始めた。

  「や、柳沢に何したんだ……?」
  「都合の悪い記憶を消しただーけ。安心して、前後の記憶が飛ぶぐらいだから」
  「それなら安心…………していいのか?」

 そんな話をしていたら、いつの間にか幽霊が消えていた。

  「あれ? 幽霊がいなくなってるけど……」
  「見えなくなってるだけよ。さっきは二人にも見えるように姿を現してただけ」

 幽霊はそんなこともできるのか……。というか友恵は見えない状態でも見えてるのか?

  「じゃあ、帰りましょっか」
  「え、ちょっと待て。自縛霊の件は?」
  「もう縛りは解いたわ」

 え、いつ解いたんだ? そんな早業でできることなのか……。

  「あれ、俺寝てた!? 幽霊は!?」

 柳沢がハッとした顔で俺たちに話しかける。どうやら幽霊の件は覚えてるらしい。
 これなら友恵の言ったとおり、あんまり心配要らなさそうだ。

  「あの侍の霊なら康孝の後ろにいるわよ。今は見えないけど」

 ……ん? はい? 今、なんと?
 俺の後ろにいるだって?
 …………まさか。

  「なあ友恵。さっき霊を縛る物を石碑じゃない別の物に変えるって言ってたよな」
  「言ったわ」
  「もしかしてさ……それ俺?」
  「正解ーー! ピンポンピンポンピンポーーン!」
  「なにそのテンション!? っつーかそれって幽霊が俺にとり憑いたってことじゃないか!」
  『よろしくでござる、康孝殿!』
  「よろしくじゃねえええええええええええええ!!!!!」

  「なんか、すげー蚊帳の外っていうか…………なんか頭いてえ~」
≪―――――蚊帳の外の寂しさも、頭痛によってかき消される柳沢であった≫


  >>第5話に続く