人助けの男 第2話「人助けの神の使い」



 いきなり人の家に上がり込んで「一週間以内に人助けをしないと死ぬ」だって?
 そんなこと信じられるわけが無い。冗談も大概にしろ。

  「なんなんだお前は? 人をおちょくってるのか?」
  「いきなり信じろって言っても無理だとは思うけど、ホントなんだってば」

 確かめようの無い話ほど怖い物は無い。
 もしこいつの言ってる事が本当なら、人助けをしないと俺は死ぬし、嘘なら俺はこいつのいいように人助けをさせられることになる。
 とりあえず、何が目的で人助けをさせたいのか聞くべきか。

  「どうして俺が人助けしなくちゃならないんだ?」
  「一先ず、ことの経緯から話しましょうか」

 改まって話を始めた女の言葉に、俺は集中した。


  「この日本にはたくさんの神様がいるって事は知ってるわよね。ほら、八百万の神って聞いたことあるでしょ」
  「ヤオヨロズのカミ? まぁ、詳しくは知らないけど」
  「でも色んな神様がいるってことはわかるわね。あなたも知ってるでしょ、有名処の福の神とか貧乏神だとか。
   その多くの神のうちの一人に人助けの神がいるわ」
  「そんな神様聞いたこと無いぞ」
  「あなたが知らないだけよ。まぁ確かに人助けの神はマイナーな部類に入るけどね。それで、私はその人助けの神の使いの一人なの」
  「胡散臭いこと極まりないな」
  「黙って聞きなさい。……それで、原因はよくわからないんだけど、人助けの神が最近衰弱しちゃってるのよね。
   だから人助けの神を元気にしなきゃいけなくなったの」
  「その方法が……?」
  「人助けよ」

 なるほど。話の筋は通ってる。自分の正体から目的まで納得はできる話だ。

  「あなたが人助けすれば、助けた相手は喜ぶわよね? その喜びの感情を結晶化して、神様に献上するの。
   その結晶が神様の生命エネルギーになるのよ」
  「わかった。とりあえず理屈はわかった。……だけど、なんで俺なんだ?」
  「特別な理由はないわね。ただの抽選」

 抽選かよ! まぁ、特別な理由で選ばれるより荷が軽いけどさ。

  「他にも人助けの神の使いはいるんだけど、私が担当するのがあなたよ。まぁ、若者で一安心ね」
  「……ちょっと待てよ?」
  「なに?」
  「お前の正体も、目的も、俺が選ばれた経緯も理解したし、納得もした」
  「ええ」
  「……じゃあ一週間以内に人助けしなかったら死ぬってのはなに!?
  「そうね……聞かなければ言わないつもりだったけど、聞きたいなら仕方ないわ」

 あ、危ねぇ……。聞いておいてよかった。
 女が少し真剣な顔で間を置いたので、俺は喉をゴクリと鳴らした……。

  「良く言えば明確な行動理由、悪く言えば……」
  「悪く言えば……?」
  「脅迫ね♪」

  「お、お前の仕業かぁあああ!!!」

  「それじゃあよろしく!」
  「よろしくじゃねえよ! とんでもないことしやがって!!」
  「あのね、私はどうしてもあなたに人助けさせないとダメなのよ。だからこうした手段を取るのも吝かじゃないのよね」
  「だからって死ぬは無いだろ、死ぬは!」
  「しょうがないでしょ。罰をケガとかにしたら、人助けさせられなくなっちゃうし。イチかゼロかの罰しかないの」
  「罰ってのがそもそもおかしくないか!? 俺は抽選で選ばれただけなんだろ!」
  「うるさいわね、ごちゃごちゃ言わないの。抽選で決めたのは偉い神の使いだけど、あんたにどう人助けさせるかは私の勝手なわけ」

 なんてやつだ……。こんなやつが神様の使いなのか!?
 人間にも良い悪いがあるように、神様の使いにも良い悪いがあるってことなんだろうか……。

  「それに、もし人助けの神がこのまま衰弱死しちゃったら大変なことになるのよ? 日本中の人助けが無くなっちゃうんだから!」
  「それは……。さすがに大袈裟じゃないか?」
  「……まぁ、すぐ代理の神を当てるだろうから無くなりはしないと思うけど……、しばらくは不安定なものになるわね」
  「人助けが不安定になるってどういうことだよ?」
  「たとえば……、いつもは助けてやろうって思う場面でその気が無くなったり? みんな冷たい人になっちゃう」
  「それって、本当にそうなるのか?」
  「実際に起きたことがないから断言はできないわ。でも、人助けの神の役割から考えて、未曾有の事態が起きることだけは防ぎたいの」

 そう言った女の目は、今までで一番真剣だった。
 ……そうか。こいつも必死なんだ。
 俺に人助けをさせるための少々やりすぎたペナルティも、そういった背景があると思うと少しは納得できた。

  「わかった。お前も真剣なんだな」
  「ええ。わかったんなら協力してよね」

 女が手を差し出したので、俺も手を伸ばして握手した。
 こいつのことをすべて許容したわけじゃないが、いつまでも諍いあってはいられないだろう。
 なんせ、期限のわからない長い付き合いになるかもしれないからだ。

  「……ところで、名前は?」
  「私? 友恵よ。ともえ。さっきお母さんが友ちゃんって呼んでたでしょ」

 友恵……! 柳沢が口にした名前だ。やっぱりこいつだったのか!
 ってことはあの時から既に色々されてたってことか……。いつも一緒に帰ってるって設定にでもしてたんだろうな……。


 今までの話をまとめると、こうだ。
 何かが原因で人助けの神が衰弱している。
 人助けの神を救うには、人助けをして喜びの感情を結晶化したエネルギーを集めなくちゃならない。
 そして、俺は人助けの神から抽選で選ばれたうちの一人。
 他にも何人か人助けの神の使いはいて、俺と同じように人助けをさせてるという。
 じゃあ俺がそんなにがんばらなくてもいいと思うんだが、何故だかコイツは俺に一週間に一回以上人助けしないと死ぬという条件をつけた。
 実際に死ぬかどうかは確かめようがないが、友恵は既に母さんや柳沢の記憶を弄ったことがわかっている。
 いや、実際はもっと多くの人の記憶を弄って俺の双子の妹という社会的地位についたんだろう。
 こんなことができるやつだ。一週間、人助けしなかったら死ぬ、なんて呪いをかけることができても不思議じゃない。
 もう俺は人助けをするしかないってことだ。
 ……それと、人助けの神の使いが人助けをしてもあんまり意味は無いらしい。
 結局、俺が人助けしないとダメなんだそうだ。


  「ハァ。とりあえずよろしくな。えーっと……なんて呼べばいい?」
  「なんて呼びたいの?」
  「俺が聞いてんの」
  「あら強気。そうね、呼び捨てでいいわよ。それとも友ちゃんって呼びたい?」
  「絶対に嫌だ。」

 しかしこの女、俺の部屋に居座るつもりだ。
 なんせ一軒家でもそんなに広くないためこいつの分の部屋が足りない。
 そのため双子だからということで高校生にもなって相部屋の理由をつけたらしい。
 これで可愛かったり美人だったりすればいいが、言っちゃ悪いが中の下ぐらいの容姿だ。
 こいつが他人の妹でも別段うらやましくない感じ。……どうでもいいか。

  「じゃ、これから人助け、がんばりましょーー!」
  「……いや、がんばるのは俺だけだろ!」

  >>第3話に続く