人助けの男 第1話「突然の来訪者」


 俺は今、つけられている……。
 そう、尾行されているのだ。
 決して俺が自意識過剰なわけではない。



                    ◇◆◇◆◇



 俺の名前は中島康孝(ナカジマ ヤスタカ)。16歳の高校1年生だ。
 学校の部活動に参加してない帰宅部の俺は、今日も今日とて帰宅に勤しむのだ。帰宅部だし。
 そんな帰宅の真っ最中、共に帰宅していた友人の柳沢が変なことを言い出した。

  「なぁ、そういや今日は友恵ちゃんと一緒に帰らないのか?」

 突拍子も無い質問に俺は困惑する。
 “そういえば”なんて付け足したぐらいだから、少し前から気になっていた事なんだとは思うが、友恵なんて人の名前に心当たりは無い。
 名前からして女子だと推測できるが、女子と下校したことなんて小学校以来無い。

  「何言ってんだ、柳沢」

 俺にはこう言うしかなかった。
 それで柳沢がどうしたかというと、チラッと後ろを見て首を捻っただけだった。

  「ま、俺の口出しすることじゃないか」

 ……なんか一人で納得された。
 俺も柳沢が見た後ろが気になって振り向こうとしたが、丁度柳沢の帰る道に来て「じゃ、また明日」と声を掛けられたため中断されてしまった。


 柳沢と別れて少し時間を置いてから、改めて後ろが気になった俺は確認することに決める。
 あくまでさりげなく。自転車や自動車が通るのを確認するかのごとく、さりげなくだ。
 そうしてさりげなく、チラッと後ろを見ると、顔に見覚えがない女の子がいた。
 服装からしてウチの学校の生徒だってことはわかるが……さっき柳沢が見てたのはこの子か?

 柳沢の言った言葉、その柳沢が後ろを見て納得したこと、友恵という名前。
 いくつかの疑問はあったが、柳沢が見たのが後ろの女子だということに確信が持てず、そのまま後ろを見ずに駅までやってきた。
 ホームで電車を待っていると、あの女の子が階段を上がってくるのが横目に見えた。
 熱心に切符を見ている所からして、切符の発行番号(4ケタの数字)で計算して10にするゲームをやってるのだろうか。
 しばらくして電車が来たのでそれに乗ると、少し離れた場所で電車を待っていた女の子も、別の扉から俺と同じ車両に乗った。
 電車内で時々視線を感じるような気がした。自意識過剰だと最初は思ったが、視線を感じた方に顔を向けるとあの女の子がいた。
 それからチラチラと何度か顔を向けてみたものの、彼女はずっと切符とにらめっこしていた。どんだけ難問なんだ。

 俺が電車から降りると、その女の子も一緒の駅で降りた。
 ここで俺が思ったことは2つ。1つは俺と同じ駅で降りるにも関わらず一度も顔を見たことが無いことだ。
 隣のクラス、または学年が違うとする。さらに異性であることを加えると、顔を知らないのはおかしくないかもしれない。
 だが、考えてみてほしい。
 すでに2学期も終わりが近いのに、初めて偶然同じ時間帯というのはあり得るのか。
 自慢じゃないが、俺は放課後、すぐに帰宅するのが普通だ。寄り道することはあるが……。
 同じ時間帯に帰る面子には見覚えがある。直接の面識がなくても「あ、見たことある顔だな」というのは自然に頭にあるもんだ。
 ……いくつもの偶然が重なって、初めて同じ時間帯だと仮定してもう1つの疑問を提示する。
 そのもう1つは、電車通学なのに定期券を持ってないこと。
 今日は天気もいいし、自転車通学が電車通学になったというわけではないだろう。
 そうだな……。いくつもの偶然が重なった可能性は否めない。自転車が壊れたとか。

 自分で投げた疑問に自答しながら、駅を出て家の方向へ歩きだすと、あの女の子も同じ方向へ歩いてきた。
 ちょっとしたいたずらごころで、試しにコンビニに入ったが、やはり同じコンビニに女の子は入る。
 俺が買い物を済ませてコンビニを出ると、女の子は少し間を空けてコンビニから出てきた。何かを買った様子はない。

 さすがにこれは尾行されてるだろうと確信した。



                    ◇◆◇◆◇



 そして今に至るわけだが、もうすぐ家の近くだというのに、彼女はまだ一定の距離を保って後ろから付いてきていた。
 俺なんかを尾行してなんの得があるのかまったくわからない。
 罰ゲームかなにかで尾行してるのだとしたら、非常に不愉快なので今すぐやめてほしい。

 ついに家まで来てしまった。さすがに家の中まではついてこれまい。
(ちなみにうちはマンションじゃなくて2階建ての一軒家だ)
 俺は急いでいると悟られない程度に急いで、家の鍵を開けて中に入った。
 ふぅ、鍵もすぐに掛けたしこれで一安心だ。

  「あ、たかちゃんおかえりなさい。もうそんな時間なのね」

 居間から母さんが顔を出したので俺は一言「ただいま」と言って靴を脱いで家に上がった。
 もう高校生なのにたかちゃんはやめてほしいものだ。
 ……と思ったその時。

ガチャガチャ

 家の扉が音を立てた……。
 正直に言って、俺はこの時かなりビビった。扉の向こうにいるのはあの女に違いない!

  「あら~? 誰か来てるのかしら?」

 冷汗をかいてドアを見ている俺を尻目に、母さんはカギをあけて扉を開いてしまった……。
 母さん、ちょっと無用心過ぎないか……!?
 インターホンも鳴らさずにドアをガチャガチャやる相手に、何の警戒もせずドアを開けるなんて!!
 普段からふわっとした性格だと思っていたが、キャッチセールスとかに引っかかってないか不安だぞ……。
 扉を開いて1秒も立たずにそんなことを考えていた俺だが、扉を開けた先にはやはりあの女の子がいた。
 「あら?」と言って頭からクエスチョンマークを浮かべる母さん。
 そしてワンテンポおいてから母さんが言った言葉を聞いて、俺は自分の耳を疑った……。

  「おかえりなさ~い」

 ……なんだ、おい。誰に対してだ。まさかその女の子に対して言ってるんじゃないでしょうね……?

  「ただいま、お母さん」

 こ、この女……!ただいまだけじゃなくてわざわざお母さんも付け加えたぞ……!
 本当に意味が分からない。この女の子がうちに居候してた記憶もないし、ましてや顔も知らないんだ。
 困惑している俺に向かって母さんが言った。

  「たかちゃん。友ちゃんがすぐに帰ってくるってわかってたのにどうしてカギを閉めちゃったの?」

 ……は? と、友ちゃんって誰やねん……。頼むからもう俺を混乱させないでくれ……。

  「あなた達いつも2人仲良く帰ってきてるじゃない。喧嘩でもしたの?」

 ……これはおかしい。絶対におかしいぞ。
 俺はこんな女と仲が良かった覚えはない。というか顔すら知らない。

  「喧嘩なんてしてないよ。帰る途中からなんか康孝の様子が変なの」

 女の子は俺の事を気安く康孝なんて呼んでいるし……。
 とりあえずこのまま黙っていると一向に状況が飲み込めない。俺は思い切って訊いてやった。

  「ちょっと待て、お前誰だよ!」

 …………数秒の沈黙のあと、女の子が母さんに言った。

  「ね? 変でしょ」
  「まぁ」

 頭がおかしい人にされてしまった。「まぁ」じゃないですよお母様。
 なんで俺がこんな目に……?

  「いったいどうしたの、たかちゃん……。自分の妹を忘れるなんて……」

 ……今、何とおっしゃいましたかお母様。まさかまさか。俺は一人っ子ですよ?

  「俺は高校1年だぞ! 俺の妹だとしたらおなじ学校の制服を着ているのはおかしいだろ?」
  「やだ……重傷ね……。いったい何があったの……?」

 う……。母さんがすごい心配した顔で俺を見ている……。

  「よそ見して歩いてたら、すぐ近くの電信柱に頭をぶつけちゃって。それからああなの」

 女の子はそういうが、そんな記憶はない。頭も痛くない。

  「まぁ! 大丈夫!? どこぶつけたの!? 血、出てない!?」

 血が出てないのは見れば分るだろうに、俺の頭をさすりながら舐めるように見回した。

  「あたしが部屋で応急処置するから、部屋つれてくね」

 そう言うと女の子が俺の手を引いて2階へ連れ出した。
 2階には父親の書斎と俺の部屋があるが……どの部屋に連れていくつもりだ?
 普通に考えて俺の部屋だろうが、そうなるとなんでこの女は俺の家の間取りを知ってるんだ。
 そんなことを考えているうちに俺の部屋の前まで来た。

  「ここ、あなたの部屋でしょ?」

 その通りだが……、やはりこの女は俺の妹なんかじゃない。俺はおかしくなんかなかった。

  「お前は一体誰なんだ?」

 かねてから聞きたかった疑問を、ようやく口にする。
 ……いや、実際には一度口にしていたが、ようやく頭のおかしい人扱いされない状況で口にした。

  「中で話しましょ」

 女の子はまるで自分の部屋に案内するかのように、先に扉を開いて中に入っていった。


  「それで……、お前は俺のなんだ?」
  「あなたの双子の妹よ? 忘れたの?」

 双子の妹……? ああ、そういう設定だったのか。それで同い年ね……。
 っつーか忘れたもクソもあるか。知らねーよ。

  「……じゃあ質問をかえるぞ。何が目的でこんなことになってるんだ」
  「あなたの妹になった理由?」

 要領を得ない返答を続けられて少々イラッとさせられたが、ぐっと飲み込んで聞き返す。

  「……要約するとそうだ」

 すると、数秒の沈黙の後、女の子が口を開いた。

  「……人助け」
  「はい?」
  「あなたは一週間以内に人助けをしないと死にます!」

 は……? はぁあぁあぁあぁあああぁあ!!????


  >>第2話に続く