れんあど

 
 2-1 ~初日~

1day

5月29日火曜日 AM 09:11ーーー


ようやく元・郷田邸………現・俺の高校に到着した。

途中、コンビニでパンとスポーツドリンクを買って朝飯を済ませたことですっかり1限目の始まってる時間だ。


《初日から学校遅刻する主人公なんて…………》

「言ってろ」


俺は昨日も学校に行ったし、初日だという意識はまったくない。

まぁ、このうるさいのがいる学校生活は初日だがな。

あぁ、あと郷田邸に通うのも初日だった。

しかしどこからどう見ても俺の高校だ。

おそらく広さも変わってないだろう。

変わったのは周りの風景ぐらいか。

もしかしたら細部が変化してる可能性もあるが……そんな些細なことはどうでもいいや。

俺に害が及んでから気にすればいいだろう。


《そうそう、智史さんはいままで普通に私と会話してましたけど、私の声は他人に聞こえないので注意してくださいね》


…………ほぼ間違いなくそうだとわかっていたが、こいつはまずいな……。

つまり俺が言い返せないのを良い事に、好き放題べらべら喋られるってことじゃねーか!


「最悪だ…………」


俺は独り言のように呟いた。

実際独り言なんだが、傍観者に聞かせる気はまんまんだ。


《あっれぇ~? 智史さん、なんだかんだ言って私と会話できないと寂しいんですか~?》


これだよ……こういう時言わせっぱなしってのがめちゃくちゃつれぇ!


《ご安心ください、喋らずとも会話できる方法を用意してますから!》


なんと。変なところ用意してんだな……。

ってかこの機能はもはやギャルゲー関係ねーだろ。

で、なんだ? 早く説明しやがれ。


《…………やっぱり用意しておいて良かったですよ。なんか無視されてるみたいですもん》


お前が寂しがり屋かよ!

はぁ~………ほんっと面倒くせぇやつだ。


《いいですか。学生証を握って頭の中で私に喋りかけてください》


お、このスマホ学生証、まだ使い道があったのか。

言われた通り右ポケットに突っ込んであった学生証を軽く握る。


『聞こえるか、さみしんぼ』

《そうそう、そんな感じです。あと私はさみしんぼじゃなくて傍観者ですから》


だったら口挟まずに傍観してろっつうの。

まぁ、これで懸念していたこともいくらかマシになった。

教室へ行くか。



 
 2-2 ~チョイス~

1day

5月29日火曜日 AM 09:16ーーー


ゲッ!

教室の扉についた窓から嫌な物が見えやがった……。

今日の一限目は浅野の授業だった~~!


《どうしたんですか? 入らないんですか?》

『迷ってんだよ……、あの教師、遅刻者に厳しいからな。なにされるかわかんねぇ』


普段遅刻なんぞしないから俺は今まで罰を受けたことはなかったが、他の奴らの可哀想な所を何度となく見てきている。

こっぴどく叱られた後、授業中のすべての問題に答えさせられたり、余計な宿題だされたり、立ったまま授業受けさせられたり、あとで職員室に呼ばれたり…………。


《サボるんですか? まぁ、そういうアウトローなキャラもありっちゃありかもですけど》

『キャラがどうとかって話じゃねぇよ。とにかく割りに合わねぇ罰は勘弁したい。勘弁したいんだが…………』

《お、それはもしやサボらない理由もあるというネタ振りですか》

『……もうすぐ中間テストだ』

《なるほど! 決して真面目だから、とかいう理由じゃないんですね!》

『うるせぇ。中間テスト気にしてる時点である程度真面目ちゃんだろうが』

《で、どうするんですか?》

『決めかねてんだよ。…………どうすっかな』


と、その時----

なんの前触れもなく俺の心臓が“バックン”と大きく跳ねた!


「いっ!?」 次の瞬間、俺の視界にあるものすべての色が反転した……!

例えるならカメラのネガフィルムを見ている様な………そんな世界に紛れ込んだのだ!


「なんだ……これ………!?」

《おぉ! 出ましたか!》

「出ましたって……つまりギャルゲーの仕掛けの一つってか?」

《そう、これこそ……“運命選択モード”です!》

「運命……選択モードぉ?」

《運命の分かれ道に発生する重大な選択です。時の流れは限界まで遅くなっているのでゆっくりじっくり考えて、運命を選択してくださいね!》


なるほどなるほど……、要するに“選択肢”が出たってことかい!

ようやくギャルゲーらしくなってきたじゃねぇか!

…………肝心のギャルがまったく出てきてねぇけど。


《ちなみに、デスティニーチョイス、略してDCとも言います! 是非略して使ってください!》

「……使うかどうかは別として」

《使ってくださいよ!》

「うっせぇ! とりあえず、選択肢はどこに出たんだ? どうやって選ぶんだ?」

《学生証をご覧ください》


ポケットから学生証を取り出す。

そういえば俺自身と俺が身に付けているものに関しては、ネガフィルムのように反転した色じゃなかった。

さっき時の流れが云々言ってたが、俺だけその効果の外にいるってことのあらわれだろう。

で、取り出した学生証には“選択してください”という表示の下に選択肢が現れていた。


1.中間テストのためだ、覚悟を決めて授業に出よう

2.叱られるのはイヤだ、サボろう


…………なんていうか。


「俺がいま悩んでたことを表示してるだけじゃねーか!」

《そうですね~》

「そうですね、じゃなくて! なんの意味があるんだ? 考える時間が増えただけじゃねぇか」

《まぁまぁ智史さん、それはこれが運命の選択だからですよ》

「なに? ま、まぁ運命選択モードとかいうらしいからな……」

《はい。智史さん、選択と一様に言っても“今日の夕飯は何にしよう”なんて軽いものから、人の生き死にに関わる重い選択もあるんです。軽い選択は人間なら何気なーく日常的に行なってますよね。ですからこのモードは発生しません。ですが、自分では何気ない軽い選択だと思っていても、実は運命の選択だった…………なんてこともあるんです。》

「それがいまだと?」

《そうでしょうね。まぁ、ギャルゲーの運命ですから、おそらく出会いイベントとかですよ》


ギャルゲーでの選択か……。

なるほど。そう考えればおかしくない。

選択肢を選ぶのに時間制限が付いてるギャルゲーなんてほとんどない。


「じゃあ二番だな」

《学生証にタッチで決定ですよ》


迷うことなく二番を選択する俺。

その瞬間、世界に色が戻った。


「…………………?」


選択肢を選ぶ前と後で特に変わったことはなかった。


『おい、選んだけど何が変わったんだ?』

《実行に移しましょうよ。主人公は智史さんなんですからね》

『はぁ? じゃあ選択した意味は?』

《…………フラグ管理?》

『ゲームかよ』

《ゲームですよ?》


なんか納得できないが、とにかくサボるのは決定だ。

どこでサボっかな。

定番といえば屋上や保健室だが、うちの高校の屋上は解放されてないし、保健室はサボりで活用した経験がない。

保険医いるだろうしな。平然と嘘吐いて休む度胸は俺に備わってない。

というか能動的にサボるってのは実は初めてだったりする。

意外と真面目ちゃんなんだよ、俺ってば。


《どこに行きます? やっぱり屋上ですか?》


思い浮かべた候補の一つを上げてくる傍観者。

ま、残念だがその案は既に棄却されてんだな。


『うちの高校は屋上解放してねーの』

《智史さん。まだわかってないようですね》

『なに?』

《ギャルゲーですよ、ギャルゲー。屋上が解放されてないわけないじゃないですか!》


………………!?

いや、まさか…………。

だがこれまでの経験からすると傍観者の言うとおり、間違いなく屋上は解放されているだろう…………。


『なら……行ってみるか』



 
 2-3 ~小動物~

1day

5月29日火曜日 AM 09:20---


ガチャン


ドアノブを回すと屋上の扉が開く。

単純なことだ。今までそれができなかったんだがな。

そして初めてお目にかかった屋上を見て思わず声が出た。


「なんだこの憩いの場は………」


綺麗に並べられたプランターに広がる花、花、花。

赤、白、黄、色様々な花が咲き乱れていた。

花の知識など皆無に等しいのでなんの花かはわからないが…………薔薇とかタンポポじゃないことぐらいは俺にだってわかる。

そしてきちんと整備されたベンチがいくつも設置されている。

昼休みには何人もの生徒がここを利用するだろうことは容易に想像できた。


《ね? あったでしょう、屋上》

『こんな屋上、ありえねぇけどな…………』


良いとこの学校ならこんな屋上だってありかもしれないが、うちの高校のレベルじゃ些かファンタジー過ぎる屋上だった。

しかしまぁ、屋上が解放されてるぐらいなら大して驚かない。

朝起きてから親がいなくなったり、学校の位置が変わったりしたんだ。もう大抵のことじゃ驚かねぇぞ。


……ひとまず辺りを見回してみたが、誰も見当たらない。

そこらにある綺麗なベンチに座って二限目までを過ごすのも悪くないが、その場所には一つ問題があった。

“屋上の入り口からすぐ見える”ということだ。

授業をサボった経験は無い俺だが、後ろめたい事への心理的思考は否応無しに働いてしまう。

万が一教師、あるいは事務員あたりが屋上に来たら一発でバレてしまう位置にはいない方がいい。このぐらいのリスク回避は当然だ。

――となると、やはり入り口の裏側で過ごすのが安全だろう。

この屋上は出入り口が二つあって、それぞれ校舎の東西にある。

東西と行っても校舎の端ではなく階段の位置に合わせてあるので、そこには当然“入り口の裏側”というスペースが存在する。

よし、そこで休もう。……こういうのもなんだが、俺にしては冷静な判断ができた。思わず「ふっ」と笑みがこぼれたぐらいだ。


《なにを急に鼻で笑ってんですか》

「うるせぇ。お前も自分の明晰さを感じた時にちょっとした笑いぐらい出るだろ」

《智史さんと一緒にしないでくださいよ。っていうか声に出てますよ》

「誰もいないんだし別にいいだろ」


ジャリッ


「…………」

《…………》


……いま、何か音がしたぞ。具体的に言えば、コンクリートの地面を靴で擦ったような……。

って、それ人じゃん!?


《ゆ・だ・ん、ですよ智史さん(笑)》

『笑うなっつーの!』


スマホ学生証を握る手に力を込めながら、俺は音のした方向に注意を向けた。

それは俺が向かおうとしている方向…………つまり入り口の裏側だった。

ということは間違いない。“先客”がいるんだ。

俺はずんずんと歩みを進め、曲がり角で入り口裏のスペースを覗き込んだ。


「ひっ……!」


覗き込んだ瞬間、そこにいた人間はビクッとして二、三歩後ずさった。

紺色のセーラー服、制服の上に白いカーディガン、髪型はセミショートの、見紛うことなき“女子”がそこにいた。


「お、驚いたあ……」


女子は俺の姿を見て、ほっとしたようにそう呟いた。

見つかっても問題無い奴だとわかって安心したんだろう。


《やりましたね智史さん! 出会いイベントですよ! 初ギャルですよ!》

『その言い方やめろ』


「驚かせてごめん、君もサボり?」

「えっ、いや……その……」


とりあえず流れで話しかけてみたが、相手は言葉を詰まらせた。

ビクビクというか、おどおどした様子でこっちをちらちらと見ては視線を外す。

……これじゃギャルというより“小動物”だな。

背丈も小柄で、しかもうつむき加減な姿勢がその印象に拍車をかける。


「サボり…………です、はい」


彼女がその言葉を発するまでしばらく掛かった。

まぁ、知らない男に突然出くわして話しかけられたら戸惑うのも仕方ない。

ましてや“小動物”なんて印象を抱くような子なら尚更だろう。


「ここで一緒にサボってていいかな? 嫌なら反対側に行くけど」

「あ、いえ……お構いなく……」


語尾が消え入りそうな小声だったが、意外にも許可をいただけたので、俺は何の気なしに彼女の隣に腰掛けた。



 
 2-4 ~同類~

1day

5月29日火曜日 AM 09:28---


小動物と評した女子と出会ってから5分ほど経過しただろうか。

お互い特に話すこともなく、微妙~な空気の中で過ごしている。

彼女と一緒にいることにしたのは、これが「ギャルゲー」で、初めて遭遇した女の子だからなんだが……

ギャルゲー的に考えて、そもそもこの子は“攻略対象”なんだろうか。


「…………」


この子……無言ではあるものの、さっきからチラチラとこちらを伺っている。

俺もそれに応えるようにさりげなく視線を送るが、そうするとサッと顔を戻してしまう。

横目で見ていると、こちらを見る他に、右手につけた腕時計も頻繁に確認していた。

う~ん、この様子から察するに、やっぱり俺は邪魔者じゃないか……?

彼女のおどおどした様子からして、俺を気にするのは謂わば“テリトリーに侵入した異物”だからであり、
時計を気にするのは“早く時間が過ぎてほしい”ということの表れ……なんてことをテレビで見たような気がする。

そうと決まれば、これ以上この子に迷惑をかけるのも胸が痛いし、別の場所に移ろう。

その方が俺も気が楽だ。


「ごめん、やっぱり俺、別の場所に移るよ」

「えっ……」


地面に腰掛けていた状態からスックと立ち上がり、彼女を一瞥して背を向けた―――その直後。


「ま、待ってください……!」


そんな言葉によって俺は引き止められた。

おいおい、どういうことだ? なんで引き止められるんだ?

とりあえず背を向けた状態から振り返って彼女を見る……が、彼女が俺の視界に入った時、またもや時計を見ていたのだ。

どうしてそこまで時間を気にする?? 意味がわかんねぇ……。

テレビの心理分析とかって役に立たないな、オイ!

俺が振り向いたことに気付いた彼女は慌てて視線を俺の方に向けて話し始めた。


「あっ、すみません……。あの……先輩……ですよね?」

「えっ?」


そういえば特に気にしてもいなかったが、確かにこの子は後輩だ。その証拠に上履きの色が黄色い。

うちの学校は学年毎に上履きの色が違い、そこを見ればその生徒がどの学年か容易に確認できる。

入学時から卒業まで上履きの色は変わらないから、年度によって何年がどの色かは変化するんだが、とてもわかりやすいシステムだ。

今は2年……つまり俺の上履きが青。1年の彼女の上履きが黄色だ。ちなみに3年は赤い上履きを履いている。


「……そうだな、俺が2年で君が1年」

「あの……、わたし1年の平木文(ひらき ふみ)って言います。先輩のお名前は……」


な、なんか突然過ぎるぞ……。これは名前を教えてもらうイベントってやつじゃないのか?

こんなよくわからない流れで教えてもらっていいのか!?


「俺は2年の四條智史だけど……」


とりあえず向こうが名乗ったのでこちらも名乗る。

ギャルゲーってこんなギクシャクしたものだったかなぁー。


「四條先輩、ですか。よろしくお願いします。……あの~、突然こんなこと言うのも変なんですけど……」


おいおい、なんだ……?

もう彼女の次の言葉が予想できない。驚く準備は整っている。


「さっき誰かとお話してませんでした……?」


ドキッッッ!!

間違いない……、さっきの傍観者との会話を聞かれていた!


《あ~やっちゃいましたね、智史さん!》


傍観者の糞ムカつく声が脳内に響き渡った……。


《だから言ったんですよ~。私は忠告してましたからね》


う、ウザすぎる……。

だが俺の油断が招いた状況であることも事実……。

ここは何とか俺が変人ではないということを証明しなければならない!


「そ、そうだな~。してたよ。ほら、スマホでさ」


咄嗟の言い訳。だが、これ以上にない普遍的な言い訳だ。

これが携帯電話も普及していない時代ならアウトだったが、現代なら当然の如く流すことができる!


「え、本当ですか……? 何も持ってないように見えましたけど」


見てたんかい!! さっきのは驚いてたフリか!! 本当は見てたのかぁぁぁぁ!!

……いや、待て、ここで諦めるのは早すぎる。変人という烙印を押されるにはあまりに安易過ぎる!


「も、持ってたぞ? よく見えてなかっただけだろう。ほら、このスマホ――」


と言ってポケットからスマートフォンを取り出そうと、ズボンのポケットに手を入れたところで気がつく。

スマホが、ない。

朝のドタバタ、傍観者の存在が今の今まで忘れ物したことを忘れさせていた。

これはまずい……、墓穴……! 自らスマホを見せつけようとしたことで窮地に陥ってしまった。

くっ……仕方ない。ここはこいつで誤魔化す……!


「この、スマホで通話をね」


俺が取り出したのは……例のスマホ学生証。

彼女にはよく見えないように、手の甲を向けて、学生証のカドっこだけを見せ付ける。

こうすることで手帳型スマホカバーをつけたスマートフォンに……見えなくもないはずだ!


「え、えっ、よく見せてください」


く、食いつかなくていいよ!? そこは!!

さっきまでのおどおどした様子は何だったのか、平木はずいずいと俺に近づいてきた……!


「先輩……、これ学生証じゃないですか」


誤魔化し……切れずッ……。

近寄られては為す術もなく、俺の嘘がバレた。

何がしたいんだこの子は……、俺を変人扱いして弱みでも握りたいのか?


「スマホで通話してたんじゃないんですね」


間違えて学生証を見せてしまった……という言い訳も本物のスマホを所持していればできただろう。

だが今の俺には不可能だ。なぜならば、持ってないから。ノー・スマホだから。


「あぁ、ごめん。ちょっと恥ずかしくてさ……」

「いえ……すみません。気持ちはわかりますから」


仕方あるまい、独り言だということでこの話を落ち着けよう……。

俺は変人になってしまったが取り返しのつきようがない。


「うん、恥ずかしいよな。ひとr―――」

「ですよね!」

「お、おう……。独りg」

「先輩もそう思いますよね!」

「え、え?」


何故か喰い気味に俺の「独り言」発言を潰してくる平木。

っていうか何か数分前の“おどおど感”がなくなってるような……。


「やっぱり、最初に見た時そんな感じしたんです」

「ちょ、ちょっと待って? そんな感じって……、たとえばどんな感じ?」

「え? その~~……私と同類かな……って?」


どうるい……?

ま、待ってくれ。もしかしてこの子…………


「先輩も交信しようとしてるんですよね? 宇宙人と」

「…………はい?」


いや、もしかしなくても……変な子??