れんあど

 
 1-0 ~プロローグ~

夢を見た。

それは変な夢だった。

夢なんて大概変なものだという一般論は置いておくにしても、それは変な夢としか言い様がなかった。


《聞こえるか、聞こえるか少年》


謎の“モヤ”から声が聞こえてくる。

具体的に俺が呼ばれているという証拠は何も無かったが、何故かその声が自分に向けられたものだと確信していた。

そうして俺は肯定の言葉を発する。


《上手くいったようだな………いや、こちらの話だ。気にすることはない》


“モヤ”からの声が妙に頭に響く。

些細なことは気にしていられなかった。

しかし謎の声は突然、こんなことを言い出した。


《……君は恋愛アドベンチャーゲームというものをやったことがあるかね?》


突拍子もない質問。

しかも雰囲気に似合わないにもほどがある、俗にまみれた質問だ。

覚醒状態であればツッコミのひとつでも入れたであろう。

しかし夢の中の俺はなんの疑いもなく、その質問に応じた。


「何本か……」

《ほう……まったく知識がない、というわけでは無さそうだ》


実際は2,3本、興味を示してやってみた程度だ。

慣れているというようなレベルではない……と思う。


《ちょうどいい。君にはこれから恋愛アドベンチャーゲームの主人公になってもらおう》


…………ははは。なにを言うかと思えば。

本当に変な夢だ。本当に。


そこで俺は夢から覚めた。

いや、“寝ていた身体を起こして布団から飛び出しただけ”で、正確には覚めていないのかもしれない。

なぜなら…………


《おはようございます! さぁ、早くしないと学校に遅刻しますよ!》


まだこの変な夢が続いていたからだ。



 
 1-1 ~傍観者~

「…………で、誰なんだ? あんたは」


夢から覚めても聞こえてくる声に俺は話しかけた。


《お話しした通り、恋愛アドベンチャーゲーム………一々長いですね……ようするに“ギャルゲー”の傍観者、と言ったところでしょうか》

「意味がわかんねぇし、お話しされた記憶もねぇ」


ヒリヒリする顔に水枕を当てがいながら、俺は頭にクエスチョンマークを浮かべた。

これは夢じゃない。それは自分の顔の痛みがそう伝えている。

朝起きてすぐに己の顔をしこたま叩き続けた俺は、他人がみれば気が触れた狂人にしか見えなかっただろう。

幸い、親も家にいなかったことで、あの醜態を晒したのは“謎の声”にだけだ。


「ん…………? 待てよ、なんで父さんも母さんも家にいないんだ」

うちの母親は専業主婦、父親は普通のサラリーマンだ。

少なくともこの時間帯に母親がいないのはおかしい。


《あれ? 知らないんですか?》


謎の声が素っ頓狂な調子で言う。


《自宅に両親不在! ギャルゲーではお約束ですよ》

「は!?」


そこで俺はリビングのテーブルの上に一枚の置き手紙を見つけた。


「嫌な予感しかしねえ……」


俺は手紙を手に取り、恐る恐る内容を確認した。


「う……あぁ~~~~っ!?」


とんでもない!

そこには父さんが脱サラして冒険家を始めた事が書いてあったのだ!

しかも母さんは父さんの世話をするために同行したと…………!

高校生の息子放って、二人で海外行くほど仲の良い夫婦だったっけ……?


《無茶な設定もギャルゲーではよく見られますね》


俺はなんかもう泣きそうになった。


《ところで……行かないんですか? 学校》

「うるせー! こんな状況で学校なんか行けるかっ!」

《一日目から学校に行かないなんて、ギャルゲーの主人公にあるまじき行為ですよ》

「誰が主人公だよ、誰が!」

《それは、テレビの前の、あなたです!》

「なんなのお前!? 視聴者参加型企画の募集台詞だよね、それ!」

《冗談ですよ、まいったな~、冗談も通じないとは。あなたですよ、あなた。あなたがこのギャルゲーの主人公です》

「こ………こ………こ……この……ギャルゲーぇ?」


直視したくない事実を告げられ、辛うじて出した言葉は、今年一番マヌケな声だった。


《事前に連絡が行っていたはずですが》

「連絡って………夢でそれっぽいことを言われたような」

《だしょ?》

「だしょ? じゃねーよ! つーか古ッ!!」

《あなたはギャルゲーの主人公になったんですよ。とても光栄なことです》

「ふざけんじゃねぇ! 俺に拒否権はねぇのかよ!」

《さぁ、それは私にはわかりかねます》

「なっ……! いや、お前がこうしたんだろ!?」

《いえ、私ではありません。私はただの傍観者ですから》


傍観者…………謎の声はそう言った。

そう言えば夢の中の声と喋り方が違う。

声質はよく覚えてないが、夢の中の声はもっと偉そうな喋り方だった。



 
 1-2 ~マイネーム~

《あのー、そういえば忘れてたんですけど》

「なんだよ……」

《名前を入力してください》

「はぁ!?」


確かに大半のギャルゲーには最初に“名前の入力”というモードがある。

だが………


「俺はゲームのキャラクターじゃねぇんだぞ! それにギャルゲーの主人公だって大抵デフォルトネームというものがある!」

《じゃあ言ってみてください、自分の名前》

「おぉよ! 俺の名前は…………!」


……………ん?


「俺の……名前は…………」


…………なんだっけ、俺の名前。

あ、あれぇぇぇ!? なんでだ?! 全然思い出せねぇ!

まるで記憶喪失にでもなったかのように……いや、最初からそんな記憶自体なかったような感覚だ!


《名前を入力してください》

「う、うるせぇ………」


わざとコンピューターのように喋った謎の声に、怒る気力すら入らなかった……。


《早く入力しないと不便ですよ》

「そうだ! 学生証!」


俺は急いで高校の制服から学生証を取り出した!

ここに俺の名前が記載されているはず……!


《察しが良いですね、それが入力デバイスですよ》

「へ? …………ゲェーッ!」


俺の学生証の名前欄はあろうことか空欄だった…………。

そして不自然に点滅する“名前を入力してください”の文字。

紙だぞ、これ………。紙媒体だぞ………なんで点滅してんだよ!?


《どんな名前が良いですか? 私は傍観者ですので決定権はありませんから、ご自分でお決めになってください》


もう喚いても無駄だと悟った俺は自分の家の表札を確認した。


「書いてねえ…………」

《入力してませんから》

「俺の親戚全員の苗字を俺が決めるってのか?」

《気にすることないですよ。親や親戚の名前ってギャルゲーじゃ出てこないことの方が多いです》

「そういう問題じゃねぇ!」


いよいよ手掛かりがなくなってきた。

友人に電話して確かめるか?

いや、それはそれで危ない選択肢だ…………。

このパターンだと当然のようにNO NAME扱いされる可能性が高い。

そんな事を直接言われたら立ち直れないような気がする……。


《早くしてくださいよー。本当に遅刻しますよ》

「あぁクソ! 良い案が思いつかね~~! おい謎の声! あんた一方的に話しかけるだけじゃなくて、少しは協力してくれよ!」

《だから私はただの傍観者ですって~~。あと謎の声というのもおかしな呼び名ですね。傍観者とお呼びください》


本当に見てるだけなのかコイツ……。

そのくせ学校に行けだの命令して来やがるし、声しか聞こえねぇからどこで見てるかもわからない。くっそ……腹立つぜ……。

……ん? そうだ、もしかしたらこの手はありかもしれない!


「おい、傍観者! 名前の入力はどうやんだ?」

《デバイス……学生証をタッチしてください》

「うお、文字が出てきた」


言われた通りにすると学生証に名前入力画面みたいなものが出てきた。

しかし学生証一面にビッシリと文字が敷き詰められているというのはなかなかに気持ちが悪い。


「っつーか文字小さくて見にくいな」

《だしょ?》

「お前、それ好きだな……」

《ご安心ください、画面を摘むように触ったあと指を開くと、なんと拡大できるんです!》

「スマホの操作じゃん!」

《いやぁこれで見やすくなりましたね!》


確かに見やすくなった。

しかしスマホならフリック入力とかあるだろ。変な所で原始的だな。ま、とりあえず入力だ。

学生証の左には“かな”、“カナ”、“漢字”、“英数字”、“記号”、“決定”とある。

名前に数字とか記号使えるのかよ!

まぁいい。俺の目的は最初っからこいつ!


“決定”!!


《あっ!》


“これでよろしいですか”と表示され、その上に名前が現れた。

これが俺の名前か……!

四條 智史(しじょう さとし)!


《わぁ、つまんないなァ!》

「ちょっ、てめぇ! つまんないとは何だ! っつーか知ってやがったな!?」

《うーん、だって面白いじゃないですか》

「あのなぁ!」

《いやしかし! 入力せずに決定するとデフォルトネーム…………ギャルゲーのみならず、ゲームでは割とある手法ですが、よく気づきましたね!》

「ま、なんにせよ思い通りで良かったぜ……」


俺は表示された選択肢、“はい”を選び決定する。

すると学生証の名前欄には俺の名前、四條智史と表示された。


《ちなみに名前はいつでも変更できますからね》

「やらねぇよ!」

《ちなみに変な名前をつけると命名神に怒られて二度と変更出来なくなるので注意です》

「いや、やらねぇって! ってかもう既にギャルゲーのネタじゃねぇし!」

《さ、学校行きましょうか》

「なんなのお前……すっげぇ疲れる…………」



 
 1-3 ~初登校~

ともかく学校行くか……。

サボるほど俺は不真面目じゃないし、第一この“傍観者”がうるさそうだ。

というわけで、ささっと学生服に着替えて準備完了!

と、いったところでふと時計を見る。

………………8時10分。

遅刻じゃねーか……完全に遅刻じゃねーか…………。

朝飯もまだ食ってない。


「おい……お前のせいで遅刻だぞ……」

《走れば間に合いそうですけど》

「間に合わねぇよ。高校まで自転車で30分だぞ」

《ははは、大丈夫なんです。ギャルゲーの主人公といえば徒歩で行ける範囲の高校に行っていると相場が決まってますから!》

「決まってねぇし、何が大丈夫なのかさっぱりわからねぇ!」


遅刻確定となってはもうゆっくり朝飯食って出かけた方が良い気がするが、傍観者が何か気になる事を言っていたので学校へ急ぐ事にする。


《自転車ですか? 徒歩でも間に合いますよ》


なにか言ってるが今は一先ず無視だ、無視。

俺の気になる事は学校の位置。

傍観者の口振りではまるで俺が通っている高校が近所にあると言っているようだ。

まさかそんな事まで変わっている…………いや、変えられているのか?

俺の名前の件もあるから、傍観者の言う事を真っ向から否定しているわけじゃない。

ただ気になった。自分の目で確かめたかった。だから急いでるんだ。

朝飯も食わず…………水ぐらい飲んでくりゃ良かった……。

そして本気で自転車をかっ飛ばす事20分。

時間的にはギリ遅刻ってところだが、無事高校へと到着した…………はずだった。


「なんだ、おい…………」

《だから言ったじゃないですか~》


俺の高校があった位置に存在したのは、俺ん家の近所にある大豪邸、“郷田家”のお屋敷だった…………。

まさか……入れ替わったってのか……?

この大豪邸とうちの高校の位置が…………!


《納得していただけました?》

「は…ははは…………」


すげー…………どうなってんだこれ………。

まだ夢見てんのかな俺。

でもまだ顔痛いし。どんだけ強く叩いてたんだろうな。


「学校…………行くわ」

《もう遅刻ですけどね》

「誰のせいだよ」

《智史さんですよ?》

「…………うっせぇ」


こうして俺の恋愛アドベンチャーが始まった。

今までの出来事はほんの序文、プロローグに過ぎない。

ギャルゲーのプロローグって結構ワクワクするよな。

でも今の俺は微塵もワクワクしてねぇ。クソみたいな気持ちでいっぱいだ。

それはギャルゲーのプロローグなのにまったく女の子が出てこないから…………ではない。


《いやぁー、ワクワクしてきましたね!》


主にこいつのせいだ。