超能力探偵P.S.I
~第一章4~
11
ゴクリ……。
フワフワと宙に浮かぶサッカーボールを見つめて俺は唾を飲んだ。
ここは超能力の特訓をしているいつもの地下室。
室内には、浮遊するサッカーボールを真剣なまなざしで見つめている俺と、腕を組んで見守る爺さん。そして……
「高さはこんなもんだったっけ?」
サッカーボールを浮かせている張本人――竹馬 祐希(ちくま ゆうき)がいた。
竹馬 祐希とは例の少年の名前だ。
先日の件以来、暇だの何だのと度々爺さん家を訪ねてきては、こうして超能力の特訓を手伝っている。
俺個人としては1人でコツコツ進めていきたかったのだが、爺さん曰く「刺激になる!」とのことで、竹馬は快く迎えられた。
今やっているのは【テレキネシス】で浮かせたボールを、【サイコキネシス】で干渉し動かすという特訓だ。
「そんなもんでええぞー。では、よいか明日太」
「押忍!」
気合の入る応答で一気に集中する……!
意識が集中しやすいように、浮かんでいるボールに利き腕を向け、【サイコキネシス】でボールを動かそうと強く……強く念じた!
…………しかし、なにも起こらない。
両手を向けてみる。さらに目に力を入れて凝視してみる。
歯を食いしばってみる。ん゙ーん゙ー唸ってみる。……それでも何も変化はない。
ピーーーー
「終了ー」
間抜けなホイッスルの音が室内に響き渡り、爺さんから終了を言い渡された。
はぁ……今回もダメだったか。
何を隠そうこの特訓、今回で5回目である。
そう……つまり5回もやって一度も成果が出ていないのだ。
「やはり祐希のボールを覆う力の方が強いみたいじゃな」
「まぁね。伊達に普段から超能力使ってないよ」
「威張ることじゃねーだろ悪ガキ……」
「ははは、今の明日太からは何を言われたって痛くも痒くもないね」
竹馬が“やれやれ”といった感じに両手の平を上に向ける仕草をした。
悔しいが俺の超能力が竹馬に劣るのは明らかだ。
年上の俺に勝る力を持つということは、こいつの中でかなり優越感に浸れる要素なんだろう。
竹馬祐希――15歳、中学三年生。
ここ原峰町に自宅があり、学校も付近の中学校に通っている。
背丈は同じ年齢の男子と比べて小さい。服装も、いつもぶかっとしたものを身に着けているせいで余計小さいという印象を受ける。
そして黒いキャップも常時つけていた。さすがに屋内では脱いでいるが、屋外では決まって装着する。
その見た目から受ける印象は、まさしく“近所の悪ガキ”といったところ。
長めの髪を後ろで束ねていることも不良っぽさを助長しているような……いないような。あくまで個人的な感想だが。
竹馬が爺さんの家に訪ねてくるようになってから、一度聞いたことがある。
「連日訪ねてくるなんてお前も暇な奴だな。友達いないのか?」と。
答えはYES。しかもあっけらかんとした様子で即答された。
『まぁね。なんならお前が友達になってよ、なんて。ははッ』
あまり深くは追求しなかったが、同年代とはあまり馴染めていないということらしかった。
俺とは同年代じゃないからなのか、結構軽口を叩いてくる。現に呼び捨てにされてるし……。
まぁ、こうして顔を突き合わせているからには親しい感じでいてくれた方が気が楽なんだけどな。
「あっ、おっちゃん、昼昼!」
「こら、まだ30分あるじゃろ。今一度講義してやるから二人ともしっかり聞けよ」
「ま……またっすか……?」
「お前さんが出来ないのが悪いんじゃろうが!」
「そーだそーだ! 付き合わされる身にもなってみろー!」
「お前は自分から首突っ込んでるんだから我慢しろよ!」
俺と竹馬がなんのかんの言い合った末に、何度も聞いた爺さんの講義が始まる……。
なんでも、竹馬の浮かせたボールにはテレキネシスで覆った力場が発生していて、その力より強いサイコキネシスじゃないとそれに干渉することができないだとか。
実際は竹馬のテレキネシスが何十ψ(プシー)だの細かい専門用語だの色々使って説明しているが、噛み砕いて言ってしまえばこの通りだ。
何度も聞いているせいで噛み砕いて説明できるぐらいにはなった。そもそもそんなに難しい話ではないんだけどね……。
「ま、ようするにじゃな。祐希がもっとやんわりとボールを浮かせることができれば、今現在の明日太でも干渉することが可能になるというわけじゃ」
「おー、今のフレーズは初めて聞いた。で、やんわりって何?」
「要は力の調節じゃよ。祐希は今までずっと全部の力でボールを覆っておった。それを持ち上げられる最低限の力に調節してみることが、“やんわり”ということになる」
「全部とか少しとか……そんなのわかんねーよ。全然意識してなかったし」
力の調節……か。当然の如く俺もそんなことはできない。
っていうか調節するほどの力がない。悲しいことに。
「そういう調節ができるようになってようやく半人前……と言ったところじゃよ」
「えぇ~、じゃあ今の俺は半人前以下かよ! まぁ、明日太には勝ってるからいいけど」
「へーへー、どうせ俺は最底辺の超能力者ですよ」
「明日太ぐらいに勝ったところで鼻伸ばしてちゃあいかんぞ。祐希、もう一度サッカーボールを浮かせてみなさい」
竹馬は言われたとおりサッカーボールを浮かす。
「はい。……また特訓始めんの?」
「ええから見とれ。………………ほいっ」
スパァーーーン
小気味の良い音がして、浮いていたボールが横に吹っ飛んだ。
爺さんは手を横に振り切った姿勢でいる。爺さんが吹っ飛ばしたのだ。
「……ひゅ~~、さすがおっちゃん」
「わし程度のサイコキネシスに干渉されるようじゃ、まだまだってことじゃ」
たしかPMOで一度俺に対して念力を使った時、20ψだか30ψとか言ってたっけ。
それが高い数値なのか低い数値なのかさっぱりわからないが。
「水前寺さんは俺達を指導してる立場なんだし、やっぱり強い念力を使えて当たり前なんじゃないんですか?」
「そうそう。そうだよ」
俺の問い掛けに竹馬が同調した。
すると爺さんは人差し指を前に出して、チ・チ・チとやってみせた。
「“器用貧乏の巌ちゃん”」
「え?」
「わしの現役時代のあだ名じゃよ」
器用貧乏の巌ちゃん……っておいおい。
「明日太には言ってなかったかの? わしは一芸に秀でた超能力者ではなく、色々な超能力を扱えたオールラウンダーじゃった! じゃが、その分強さは分散するもんでのう。わしのサイコキネシスなんぞぜぇーーんぜん大したことないぞ。しかも今のわしは割りと衰えておるからな。お前さんらは念力しか使えんのに、衰えたわし以下っちゅうわけじゃ」
何もいえない俺。
竹馬も呆然としていた。
「ふふ、悔しいか? 悔しかったらもっと力を磨くことじゃな」
「今のレベルで増長してちゃダメってことだな、竹馬」
「い、言われなくても! 俺は明日太より早く爺さんを超えてみせるもんな!」
「俺だって、今の地点をずっと足踏みしてるわけじゃないぞ!」
「はっはっは! ま、お前さんらはまだ若い! これから十分伸びるじゃろうて」
ポーン……
クルッポー クルッポー
綺麗にまとまった(?)ところで鳩時計が間の抜けた音で正午を告げる。
やる気が出てきたところだったが、これで今日の特訓は終了だ。
12
今日はバイトも無いし特訓を続けたいのは山々なんだが、爺さんは昼頃からあの“倉門商事”で仕事がある。
なので爺さんの家にいるわけにはいかない。知り合いなんだし家ぐらい任せてくれたっていいのに、爺さんはダメだという。
昼飯はいつも出してくれるのでそこはありがたいんだけど。
何故か竹馬も喜ぶ。お前は家で食えばいいだろ。
爺さんの家を出た昼下がり、俺達は公園に来ていた。
「シューーーーーットォ!!」
「甘い!」
特訓で使ったサッカーボールを拝借してサッカーするのが日課になっていた。
サッカーと言っても二人しかいないのでPKとかパスの出し合いとかリフティングとか、やることは限られているが。
この公園は原峰町でも結構大きい公園で8月の炎天下でも俺達以外の人はそれなりにいた。
子連れのお母さんなんかもいる。噴水で子供を遊ばせたり。俺みたいな大人はあんまりいない。
「そういやお前……暑くないのか? その服装」
こんな暑い日だというのに竹馬は出会った頃から変わらないぶかぶかの服装。黒いキャップ、黒いベストもそのままだ。
もちろんシャツ等の肌着は替えているんだろうが……だいたいいつも同じ格好をしている。
「いいのいいの、これで。俺はこの格好がデフォだから」
「いや、暑いだろ」
「…………まぁ」
やっぱり暑いのか。
Tシャツ一枚にジーパンの俺ですら暑いんだ。その格好じゃ暑いだろう。
俺と竹馬は持ってきたタオルを濡らして首に掛けているものの、やっぱり暑いものは暑い。
「こだわりがあるんならとやかく言わないけどな」
「んー……こだわりってわけじゃないんだけどさ。ま、気にしないでよ」
そうして俺達はサッカーを再開する。
見てるこっちが暑いと思いながらサッカーをしていたが、気がつけば気にならなくなっていた。
それからしばらく経った頃、少し離れた場所で4人の男の子がサッカーを始めたのを俺は目にした。
連日の二人サッカーにも少々飽きが来ていた俺はちょっとした提案をしてみる。
「なぁ、竹馬。向こうの連中」
「え? ……あぁ、サッカーやってる奴ら? 俺らと一緒じゃん」
「せっかくだし一緒に混ざらないか? みんなで一緒にやったほうが楽しいだろ? 4人いるから俺達が行けば3on3できるぞ」
“向こうの連中”は見た目小学校高学年ぐらいだったが、あれぐらいの年齢なら特に気もせず仲間に入れてくれるだろう、と俺は踏んでいた。
だが……
「やだ」
竹馬は嫌そうな顔をしてスパッと断った。
「どうして」
「小学生の群れに俺らが混ざったら大人気ないだろ」
“群れ”ってオイ。
っていうか小柄な竹馬は見た目小学生と大差ないけどな。
「俺のことなら気にすんな? 昔から年下連中と遊ぶのは慣れてんだ」
「明日太はいいかもしんないけど、俺はやだ!」
竹馬はそう言うと腕を組んでそっぽを向いた。そういう仕草が子供っぽいんだよな。
「大勢で遊ぶのが好きじゃないのか?」
「そういうんじゃないけど……」
「言い出すのが恥ずかしいか? なら俺が言い出そうか」
「いいんだよ! 俺は明日太と遊んでればいい!」
竹馬は俺が持っていたサッカーボールを奪って足でいじくり始めた。
どうしてこんなに拒むのかわからない。もしかして人見知りとか? ……いやいや、そうだとすれば今こうして俺と遊んでないだろ。
「お前もしかして学校でもこんなか?」
「……そうだよ。悪いか。友達いないのもこんなだからだよ」
「俺とこうして遊んでるのは?」
「明日太は……超能力仲間だし……友達」
ふむ……。ようするに俺といるのは仲間意識から、ってことか。
「じゃあさ、今俺達はサッカーしてるよな?」
「うん」
「俺達はサッカーやってる。向こうの小学生達もサッカーやってる。サッカー仲間だ」
「………………」
よし、もう一押し……!
「だからあいつらも友達になれる! さぁ一緒に――」
「い・や・だ」
「………………」
……………………失敗。
「明日太こそ、どうしてそんなに向こうの連中と俺を遊ばせたいのさ」
「遊ばせたいっていうかさ、さっきも言ったけど二人より大勢の方が楽しいだろ?」
「明日太は俺と二人で遊ぶのつまんないって思ってんの?」
なんか女みたいなこと言い出したぞこいつ……。
もちろんつまらないとか思ってるわけじゃない。何してんだ俺とは思ったことあるが。
「そういうわけじゃない」
「じゃあいいよ。二人で遊べば」
足でいじくっていたボールをポンと蹴り上げて俺にパスすると、竹馬はすこし距離をとりつつ呟いた。
「向こうから誘ってくるなら別だけど……」
…………案外受け身なやつなんだな。
ともかく、大勢で遊ぶのが嫌ってわけじゃないのは本当らしい。
さて、いつまでもこうして竹馬の機嫌を悪くさせているのもなんだし二人サッカーに戻りますか。
ぽん、ぽん……
といったところで、俺達の間にサッカーボールが飛んできた。
そのボールを追いかけて一人の男の子がこっちに駆けてきた。竹馬は目を丸くしてその様子を見ていた。
「すいません、ごめんなさい!」
男の子は俺達二人に声を掛けてボールを拾った。
「いいよ、いいよ。気にしてない」
「あ、あのー。その……」
俺が気軽に話しかけると男の子は何やらもじもじしだした。
「あの……同じサッカーやってるんだったら…………一緒にやりませんか」
「!」
驚いた。なんとまぁ、渡りに船。
俺は竹馬の顔を見て笑った。
「誘われたんだからいいよなっ?」
なんとなく恥ずかしそうに顔をポリポリかきながら、竹馬は頷いた。
いざ少年達とサッカーを始めると竹馬は意外なほど活き活きしてサッカーを楽しんでいた。
俺と遊び始めた時も楽しそうにしていたが、こんなに嬉しそうで楽しそうな竹馬を見たのはこれが初めてだった。
そのまま俺達はチームを変えたり遊びを変えたりして夕方まで遊び続けた。
俺もこうやって子供と遊ぶのは久々だった。もちろん手加減はしたぞ。
「もうすぐ5時だなー。今日は楽しかった!」
「うんうん! 兄ちゃん達誘って正解だったな!」
「お前も、今日楽しかったか?」
地べたに座って口々に今日楽しかったことを話す少年達を見て、俺は竹馬の頭に手を乗せてそう言った。
「ま……まぁな!」
「なんだ~? 照れてんのか?」
「う、うっせぇ!」
照れ隠しに喚き散らしているものの、その顔からは照れも嬉しさも全然隠せていなかった。
カツアゲなんてやってたやつだが根っこのところは純粋なんだ。……どこでなにがこいつをひん曲げてしまったんだろう。
「そういや、兄ちゃん達って兄弟?」
「ん? いや、違うけど」
「えー、じゃあなんで呼び捨てにされてんの?」
「お、俺と明日太は友達だからな! 友達なら呼び捨てでもいいだろ!」
「じゃあ俺も兄ちゃんのこと呼び捨てにするぜ! あすたって名前?」
「俺も俺も! あすた! あすた!」
周りに合わせて4人組の少年全員が俺を呼び捨てにし始めた。
「おい竹馬……なんかこれ馬鹿にされてないか」
「俺のせいかよ?」
「そうだな! これを機会にお前も俺の呼び方を変えろ!」
「な、なんで!」
「いいか、少年共!」
俺は立ち上がって全員を見回す。
「俺のことはこれから…………お兄さまと呼べ!!」
「やだ」
「やだ」
「いやだ」
「ない」
「ふざけんな」
「ぎゃ、ギャグだよギャグ!!」
……ったく、最近の子供は冗談が通じないのか?
それとも俺にセンスがないのか。いや……まさか。
というか本当にお兄さまとか呼ばれたらそれはそれで気持ち悪いが。
「じゃあ…………“あんちゃん”ってのどうだよ」
竹馬が俺を見上げて言う。
あんちゃん……おぉ! なんかいい響きだぞ!?
「最初に会った時……いや、厳密には二度目か。あの時、俺の兄貴を自称したじゃん。だからあれだ……明日太は俺のあんちゃんだ!」
「よし! いいか、少年達! 呼び捨てはダメだぞー?」
「ちぇー、わかったよあんちゃん」
「こ、コラ! あんちゃんって呼んでいいのは俺だけだーーー!!」
「えぇー!」
なんか知らんが、竹馬は俺のこと慕ってくれてるよな。
しかし……あんちゃんか。まるで“○だしのゲン”みたいだ。
ちなみに“○”は伏字であり、“まるだし”ではない。ゲンは決して変態ではない。
「明日太……いや、あんちゃん! 俺はこう呼ぶけど、その代わり!」
「なんだ?」
「その……苗字で呼ぶのやめろよな!」
たしかに弟を苗字で呼ぶ兄貴はいない。
「オーケー、確か下の名前は……祐希だったな」
「あぁ」
「改めてよろしくな、祐希!」
俺はそう言って、祐希の頭をぽんぽんと撫でた。
やめろと言いながら祐希はまた照れていた。
照れ屋というより、友達関係に慣れてないって感じなのかな? いつから友達がいないのかは知らないが……。
結局、兄ちゃん呼びに戻った少年4人組と別れて、俺達はそれぞれの家路についた。
13
それは、中学生活最後の夏休みも、もう半分を切った時期のことだった。
「祐希。お前は悪ガキだが、悪い奴じゃないってことは十分わかってるつもりだ」
悪ガキだけど悪じゃない……変なことを言う。でもあんちゃんの言いたいことは伝わってきた。
どうして急にあんちゃんがこんな話を始めたのかと言うと、それはあいつ――麻木(あさき)とすれ違ってしまったからだ。
『今日も公園でサッカーしようぜ!』
『ったく、俺がバイト無い日は毎日じゃないか』
『いいだろっ、どうせ暇なんだし』
『勝手に決めんなー?』
『今日はあいつらいるかな?』
『人の話を聞けぇ!』
俺とあんちゃんはいつも通り、サッカーをやるために原峰中央公園へと向かっていた。
だが、公園へ向かう途中……あんちゃんといる時には絶対会いたくないと思っていたやつに出くわしてしまった。
『……あ、竹馬……くん』
『あ、麻木……!』
麻木……麻木は俺がカツアゲしていた同級生だ。
何の因果か中学一年の頃からずっと同じクラスで、初対面の時、こいつに“たけうま”呼ばわりされたのが始まりだった。
それが癇に障って色々と手を出したこともあった。そんなこともあって初めは麻木も俺を避けていた。
でも中学二年の頃、ゲームセンターに通うようになり、そこで麻木と会った。
麻木はゲームセンターの常連だったらしい。俺を見て逃げ出した麻木にイラッときて、そこで初めてカツアゲをしてしまった。
他人に向けて超能力を使ったのもそれが初めてだった。
しかしそれからというもの、何故か麻木から俺に話しかけてくるようになった。
不思議で仕方なかったが、カツアゲされないように俺のご機嫌でも取るつもりだったのだろう。
…………その行為は逆に俺を付け上がらせてしまっていたわけだけど。
麻木は俺の隣にいるあんちゃんを見て“ハテナ”を浮かべていた。が、何かを聞くことなくちょっとした挨拶をしてその場を去っていった。
その後、当然あんちゃんに麻木のことを聞かれた。素直にカツアゲしてた奴だと言った。嘘を言ってもすぐバレる。
それにあんちゃんには嘘を吐きたくなかった。
そうして今に至る。道中で話すのもなんなので公園の木陰にあるベンチに来ていた。
あんちゃんは何故カツアゲなんかしていたのかと聞いてくる。
「色々とやんちゃしたくなる年頃なのはわかるけどさ……カツアゲはちょっと違うんじゃないか? 何か理由があるんだろ」
あんちゃんはちょっと俺のことを買いかぶりすぎだ。
あんちゃんの目には俺がどんなよい子に見えてるんだろう。
俺は気に入らないことがあったら喧嘩はするし、メダル落としじゃずるっこするし、何より自分を偽り続けている……。
思ったことをそのまま伝えた。そしたらあんちゃんは口元を緩めて言った。
「どんな風に見えたかって、悪ガキさ、そりゃあ。じゃあ聞くぞ? あのカツアゲしてた少年とはどんな関係だ?」
「…………クラスメイト」
「全然知らない奴ってわけじゃないんだな。他にカツアゲした奴は」
「いないよ。麻木だけ」
「じゃあ、麻木ってやつと何かあったとか」
その通りだ。
でも理由なんてあってないようなもの、ゲーセンで会ったら逃げ出されたから追いかけて、そのままの勢いだ。
「普通、カツアゲってやつは同じ奴からずっと搾り取るようなことはしないって話だ」
「なんでそんなこと知ってんの? もしかして……」
「なわけないだろっ! ……今はネットで調べればそういう知識はすぐ出てくるの。で、話を戻すとだな……」
ようするに、対象が1人だけで、しかも知り合いなら大丈夫。
カツアゲしてた事実は変わらないけど、まだやり直せる。…………とか言いたいらしい。
「それで……俺を更生させてどうすんのさ? あんちゃんは」
「別に、何がしたいってわけじゃない。弟が人様に迷惑かけてんだから、兄貴がケツ拭いてやろうって思っただけだ」
あんちゃんは冗談めかしてそう言った。
弟が……兄貴が……。あんちゃんは軽い気持ちでそう言ったのかもしれない。
もしかしたら、単に兄貴風を吹かせたかっただけかもしれないし、あんちゃんに兄弟がいるって話も聞かないから兄貴ぶってみたかっただけかもしれない。
でも…………俺は嬉しかった。
俺も一人っ子で上も下もいなかった。
だから頼れる兄、なんて存在にちょっと憧れてた。
あんちゃんが初めて俺の前に現れた――裏路地ではなくゲーセンの――時、俺の兄を自称して俺を助けてくれた。
あの時は自分の性格から訝しげに振舞っていたが、本当を言うと結構嬉しかった。
助けてくれたことには他に理由があったものの、その理由を聞いて、やっぱり嬉しくなった。
こんな俺のことを、捜し求めてくれてたんだって。
探さないとおっちゃんが稽古つけてくれないとか、自分のせいで俺がPMOに捕まったら寝覚めが悪いとか言ってたけど
あんちゃんと一緒にいればいるほど、そう言った“言い訳”の言葉があんちゃんなりの照れ隠しにしか聞こえなくなっていった。
あんちゃんが俺を見てるように、俺もあんちゃんを見てた。やさしいやつなんだ、あんちゃんって。
「……わかったよ。あんちゃんの言うとおりにする」
「言うとおりに、ってのはちょっと引っかかるが……。ようするに学校でも友達作ってみてほしいんだよ」
「友達? …………麻木と?」
俺が評価する麻木の印象ははっきり言って良くない。むしろ初めて会った時のことから悪い印象だ。
「そんな目するなよ。麻木は切欠でもいい。学校でも友達いたほうが楽しいはずさ」
「余計なお世話もいいとこだよ」
「わかってるよ」
“余計なお世話”と言いつつも、あんちゃんの次の言葉に期待する。
我ながら素直じゃないなぁと思う。
「試しに麻木にゴメンして、友達になってみろよ」
「えー……」
「えーじゃないよ。一回くらい友達作って…………ん? そういえば小学校の頃はさすがに友達いたんだろ?」
「いたけど……」
「実家付近の学校行ってるなら、そのまま中学上がっても友達だったやつらはいたよな?」
「…………うん。でも、気まずくなって友達じゃなくなった」
「気まずくなった……?」
「………………」
そう、気まずくなったんだ。
詳しいことはあんちゃんにも言えないから、俺は口をつぐんだ。
そしたら、俺が言いたくないってことを察したらしく、あんちゃんは話を逸らした。
「麻木とはカツアゲするまでどういう関係だったんだ?」
「ただのクラスメイト…………ううん、嫌なことの原因」
「……聞いてもいいか?」
さっきのことに気を使ってくれたのか、クッションをおいて訪ねてくるあんちゃん。
俺の麻木に対する考えを知ってもらうべきだろうと思い、俺は口を開いた。
「1年の初めの頃、“たけうま”って呼ばれた。ほら、苗字“竹馬”だから、そのまま読むとタケウマじゃん」
「へ? ……あぁ、いや、大事なことだよな。うん」
「それだけじゃない。それを聞いたクラスのみんなが俺のことからかったんだ」
「う……それは…………」
初めは「それだけで?」って顔をしてたあんちゃんだったけど、その次の言葉で気まずそうな顔に変わった。
「俺は笑われたのが嫌で麻木に暴力振るったんだ。これが最初」
「うーむ……思ったよりハードな出会いだな」
「そんなやつと今更仲良くなるなんて無理だよ。あいつも俺を避けてるし」
「そうか…………」
…………自分で言った言葉に、今何か違和感を覚えた。
なんでだろう?
真剣な顔をして考え込むあんちゃんを横目に、一人、今の違和感を頭の中でグルグル回していた。
頭の中の違和感をまとめ終わらないうちに、ぽつりとあんちゃんがこう言った。
「避けられてるのか? ……本当に」
グルグル回っていた違和感が、ピタリと静止した。
「一度や二度じゃなく、何度もカツアゲしたんだろ? なのにどうして麻木はずっと同じゲーセンに通ってたんだ? カツアゲが嫌なら少し遠くのゲーセンへ行けばいい話だ。なのに何度カツアゲされても同じゲーセンに通い続けた。カツアゲのリスクがあるにも関わらず、同じゲーセンに通うのにはなにか理由があるだろう。少し遠くのゲーセンには無いゲームがあそこにあるか、若しくは…………」
「若しくは……なに?」
「麻木はカツアゲされても構わないと思っていた。それかお前のことを気にしてた」
「そんなバカな。ありえない」
……と口では言いつつも、頭の中の違和感は納まっている。
確かに麻木は最初俺を避けてた。でもカツアゲしてからは何故か逆に話しかけてくるようになったんだ。
当時、既に孤立してた俺に対して、引け目もなく。
ははは……、なんだ。友達みたいじゃないか、それって。
もしかして、一年の頃のあのこと、悪いと思って仲直りしようとしてくれてたとか?
……遅過ぎるじゃん、バカか……。
でも、そう考えるとあいつのことも許せるような気がした……。
「とにかく。避けられてはいないと俺は睨む。……まぁ、第三者の情報不完全な推理ってところだけど、お前はどう思うんだ?」
「…………的外れではない、って感じかな」
「なんだ、心当たりあるんじゃないか。よし、麻木と仲直りしに行こう!」
「ま、待って! いいい今から!?」
「思い立ったが吉日、善は急げ、鉄は熱いうちに打て!」
「な、なんだ??」
「ようするに、思いついたら即行動! これが最善!」
「なんだそれ~~~!!」
強引なあんちゃんに流されて、麻木を探すことになった。
家に帰れば学校の連絡網があるけど、家にはできるだけ帰りたくなかった。
だから俺はいつものゲームセンターにいるんじゃないか? って提案した。
もちろん、こんな昼間からゲーセンに入り浸ってるやつじゃないことは知ってる。
でもあんちゃんが納得しそうな手がかりは、これしか挙げられなかった。
「やあ、さっきはどうも」
「へ? あ、はい!?」
「…………ははは。本当にいた……」
麻木は本当にいつものゲーセンにいた。
いないと思ったからとりあえず言っただけなんだけどな……。
どうやらあの時別れてから、ゲームセンターに来ていたらしい。
「祐希……竹馬から話があるんだ。ちょっと聞いてやってくれない?」
「え゙……、いいですけど……」
麻木は嫌そうな顔というより、不思議そうな顔で頭にハテナをたくさん浮かべていた。
それから例の裏路地に行って、俺から今までのことを謝った。
麻木は“ぽかん”とした顔で俺の弁解を聞いていた。
裏路地に入った時、またカツアゲされるんだろうと身を固くしていたから、予想外だったんだろう。
あんちゃんは「これは二人の問題だから」と、裏路地の入り口で待機していたから尚更だ。
今までカツアゲした分を返すといってお金を渡すと、素直に麻木は受け取った。
(このお金はあんちゃんからの借金だ)
正直、そういう問題じゃない、と突っぱね返されると思ったけど、麻木は感情より実益重視らしい。
お金を返した後、麻木は「意外だった」とか「何かあったの?」とか言って来たけど、
あんちゃんのことを思い浮かべたのか、首を縦に振る仕草をして、カツアゲのことは水に流すと言ってくれた。
「ところで、話は変わるんだけどさ……」
「…………? なに……?」
……ここからが本番だ。
こんなこと普通じゃ絶対に言えない、恥ずかしい言葉。
「……お、俺と……友達になってほしい……」
俯きながら地面に向かってそう言った。
自分じゃ見えないけど、絶対顔は真っ赤だった。
下を向いてるから麻木の顔もうかがえない。
でも、真っ赤かもしれない顔を見せるよりは、相手の様子がわからない方がマシだった。
ザッ
ふと、視界に麻木の靴が入ってきた。
顔を上げる。
麻木は一歩、歩み寄って俺の目の前まで来ていた。
「嘘じゃないよね!?」
…………嘘じゃない。
だけど麻木と友達なんて、と思っていた。
でも……この嬉しそうな顔を見て、そんなことどうでもよくなった。
「嘘じゃ……ない」
「握手しよう握手!」
「は!?」
「よろしく、竹馬くん!!」
手を握られてブンブンと振られる俺。
でも、なんかおかしくて笑いがこみ上げてきた。
「な、何笑ってるんだい?」
「くふふっ……いや、お前の嬉しそうな顔見てたら、今まで喧嘩してたのがバカらしくなって……ははは!」
「は、はは……! よ、良かった~」
「……? 何が?」
「ドッキリ大成功とか言われるのかと」
「ちょ……こら! こっちかなり恥ずかしかったんだぞ!」
笑いあう声が聞こえたのか、それからすぐにあんちゃんがやってきて、作戦成功を祝ってくれた。
「仲良くしてやってくれよ」と言いながら俺の頭を撫でるあんちゃん。
俺と麻木の方が付き合い長いのに、すっかり兄貴面してるんだからさ……まったく。
でも、そういうところが良いんだよな。面倒見が良くて、気の良いあんちゃん。
何はともあれ、俺はあんちゃんのおかげで麻木と仲直り……というか、初めて友達になれた。
「ところで、竹馬くんてお兄さんいたの?」
「いや、あんちゃんは……あんちゃんだけど、友達」
「赤の他人だけど、あんちゃんだぜ」
赤の他人……か。
あんちゃんは赤の他人だけど、うちの家族よりよっぽど親しくしてくれる。
あんちゃんが本当の兄貴だったら良かったのに…………。
続く
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