超能力探偵P.S.I

 ~第一章3~

       8

例の少年を探してやってきたのは、あのゲームセンターだった。
少年がどこに住んでいて普段どこにいるのかなんて情報はまったくない。一度会って二言三言言葉を交わしただけの、言うなれば赤の他人。
手掛かりと言える手掛かりは、ゲームセンターの近くの裏道でカツアゲをしていたという事実だけ。
そんな曖昧な情報しかないならば、少年の行動範囲だと思われるゲームセンターで張り込むのは決して間違いではないはずだ。

しかし意気揚々と店の前まで来た俺の鼻っ柱を引っ叩いたのは、店の入り口に掛かる“CLOSED”の下げ看板だった。
現在の時刻は朝の9時15分。このゲームセンターは10時開店らしい……。
出鼻を挫かれた俺だったが、爺さんの家に戻るのも何か違うと考え、適当に町をブラつくことにした。

…………しかし特筆すべきことは何もなく、ゲームセンターの開店時間になった。
散々歩いて疲れていた俺はとりあえず“座れる場所”と“入り口をチェックできる場所”を見つけることにした。
しかしこのゲームセンターの入口付近はクレーンゲームの筐体が所狭しと立ち並び、その筺体が仕切りとなった通路と化している。
通路はお世辞にも広いとは言えず、当然休憩所も入口付近にはない。つまり今現在、俺が欲しているベスト・プレイスは存在しないということだ……。
仕方なく店内を歩き回って少年を探してみるものの、さすがに開店したばかりのこの時間じゃいるはずもない。
というか隅々まで歩き回って気付いたが、このゲームセンター、入口が複数ある……!
いや、考えてみればゲームセンターとは大概そのようなものだった……。大概のゲームセンターは複数入口を構えている……!
……入口を見張るなんてことが馬鹿らしくなった俺は、諦めて休憩所に座って少し休むことにした。

「しかし……なんでこう、ゲームセンターの自動販売機って割高なのか……」

疲れを癒すために飲み物でも……と思って立った自動販売機の前にて独りごちる。
外で買ってくればよかったか……。いや、いっそ今から外で買ってこようか。
しかし俺が離れていた隙に少年がゲームセンターにやってくるとも限らない。……でもこんな朝っぱらから来るか? 普通。
……だが可能性はゼロじゃない。念には念を入れ、やはりこの場を離れるわけにはいかないだろう。
小銭入れから金を取り出し自販機に入れよう…………としたところでピタッと手が止まる。
待てよ……もし俺がいない間に少年がゲームセンターに来たとしても、なんの問題も無いんじゃないか……?
わざわざこんな時間にゲームセンターに来て、何もしないですぐに帰るなんてこと普通はしない。何かしら遊んで行くに決まってる。
つまり俺が戻ってきた時に、再び店内を歩き回ればいいだけのことだ。
そうと決まればこんな割高な自動販売機に用はない! 時間はあるけど、お金はないんだから。

近所のスーパーでやっすいお茶を買ってゲームセンターに戻ってきたが、やはり少年の姿はない。
休憩所のベンチに座って何をするでもなく辺りを見回す。…………下手したらこれ不審人物扱いだよなぁ。
やっぱり何かしらのゲームでもやって暇を潰しつつ、少年を待ち伏せるのが吉なのか?
そもそも山勘でゲームセンターを見張っているが、あの少年がここに来るとは限らない。
それにもしも少年がこのゲームセンターに通っていたとしても、今日やってくるかどうかも不明だ。
……そんな現状、ゲームセンターで無意味にお金を使って暇を潰すのは大変危険な行為であることは間違いない。
うちの経済状況、俺の財布の残り残金――しかも昨日散財したばかり……――ということを考えてみれば、ここはやはり不審と思われようが待つしかない。

でもやっぱり座っているだけでは暇なので、クレーンゲームのプライズを眺めながら入口付近を見張ることにした。
休憩所に座りっぱなしでいるよりは退屈しないし、プライズを眺める素振りなら、キョロキョロ見回すことより格段に不審じゃなくなった。
さらに複数ある入口の、人の出入りが一番多い商店街側の入口付近に居られることで少年の来店を察せる可能性・大! ……というお得感あふれる行動だ。
唯一の欠点は立ちっぱなしなことだが……バイトだって数時間は立ちっぱなしだ。何の問題も無い。

…………しかし、何事にも飽きは来るもので。たった30分でプライズを眺めていることに限界が来てしまった。
「クレーンゲームのお菓子取るやつって絶対こっちが損するよなぁ……」とか、「あのキャラクター人気あるやつだよなぁ……」とか、そんなことをずっと考えているだけだ。
実際にクレーンを動かして、プライズを取る行動をとっているのなら、「あれをどう取るか?」や「アームの開き具合からしてあそこか……」などと夢中になれるものだが、ただ眺めているだけ……。
一度でも動かさなければクレーンのアームの強さや、どれだけ沈むかは判別できないため、脳内シミュレーションすることも不可能だ。
それに加えて、並んでいる景品にさして興味もない。結局元の木阿弥、暇になってしまった。
見張ってはいたものの、入口から少年が入ってくる様子もなく、なんだか疲れてしまったので再び休憩所でお茶を飲むことにした……。

それからというもの、ゲームで暇を潰したいという誘惑を跳ね除け、我慢我慢で見張りを続けたが、ついにその日ゲームセンターに少年が現れることはなかった。

       9

ゲームセンター張り込み四日目。今日も爺さんに近況報告をしてからゲームセンターへ。
二日目と三日目は午後からバイトが入っていたため午前中にて切り上げたが、今日の予定は何もない。高校生以下の出入りが制限される時間帯までぶっ続け見張りコースだ。
四日目ともなればさすがに慣れるもので、携帯電話にイヤホンを差して音楽を聴くことでの暇潰し方法を見つけていた。

耳元から聞こえてくるフュージョン系の爽やかな音楽を聴きながら、今日も周りに注意を向ける。
無駄な時間を過ごしてる……なんて考えたこともあった。だが、これを終わらせなきゃ爺さんは相手にしてくれない……。
何としてもこの任務(ミッション)を達成しなければ!
………………ようするに、前向きに考えなければやってられない、ということだ。

ずーーーっと休憩所に腰を下ろしているというの結構疲れるもので、周期的にフラフラと歩き回ることにしている。
俺の見えないところで少年が来店し、いつの間にやら帰っていたなんてこともあり得るからだ。
そんなこんなであっちへふらふらこっちへふらふらしていると、階段の付近で上からジャラジャラという音が聞こえてくることに気がついた。
このゲームセンターは二階建てになっていて、二階は主に麻雀、スロット、競馬などなど、大人層向けのフロアになっていた。
まさか少年がそこにはいかないだろうと思って、ターゲットから外していたのだが…………。
念のために二階へ上がってみることにする。

そこは案内板にもあった通り、麻雀やスロットなどの筐体が立ち並び、照明も暗くしてあるまさに大人向けといった感じのフロアだった。
さっきのジャラジャラといった音はメダルを両替した時の音だったらしい。スロットに使うメダルだろう。
―――と、そこで一際大きな筐体が目に入った。
筺体の中にはカラフルな丸いボールに、銀色のメダル、メダル、メダル……メダルの山! いや、山というよりは川だ。
これはメダルゲームの筐体だった。いわゆるメダル落としと呼ばれるゲームで、投入したメダルを機械が押し出し、川状に敷かれているメダルを落とす遊びだ。
スロットと同じくメダルを使うゲームということで、このフロアに設置されているのだろう。
しかし、盲点だった……! これなら中学生でもやるかもしれない……。

となるとこのフロアも徘徊する対象になる……。なかなかに面倒くさくなってきた。
それにこの暗がりだ。相手の顔だって遠くからじゃ判別しづらい。
……いや、そもそも一度会ったあの時だって暗がりだったじゃないか。それに少年の顔を鮮明に記憶できるほど見つめたわけじゃないし。
それならシルエットで探せばいいだけだ。中学生ほどの体格をした人間を見つければいい。
できればあの時のように、わかりやすい外見なら尚良い。
例えばそう、たったいま目の前でメダルゲームを始めた少年のように、黒キャップでダブダブの服装を………………

……………………ん?

ダブダブの半袖半ズボンにベスト……黒のキャップをかぶった少年…………んんんん!?
あっ―――――!!
間違いない…………あいつだ! 目の前に例の少年がいる!

張り込み四日目にしてついに少年を発見…………。まさかメダルゲームのコーナーに居るとは。
しかもこんな時間から……。時刻は午前11時過ぎ。決して人が多く入る時間帯じゃない。
そんな時間に一人ポツンとメダルゲームをする少年。
以前見た特徴のある服装に、小柄な背恰好。後頭部には、男にしては長めの髪をゴムで結えた小さな尻尾が揺れる。
まさしくあの時の少年で間違いない。
俺は数瞬迷った挙句、様子を窺うことにした。今この場で騒ぎを起こしては迷惑だし、何より話もしづらい。
出来ればきちんと会話をして任意同行、といった形に持っていきたかった。

まずは自然に接近するために1000円札を――必要経費なので気にせず――両替してメダルをゲット。
メダルを入れるカップにジャラジャラとメダルが注がれていく。
1000円で150枚…………ということは一枚当たり6.6円ぐらい? 微妙にお高い……。
……と、それはともかく少年の隣の席でメダルゲームを始めることにする。
幸い、この筐体は六角形状となっているため、絶妙な角度から少年の動向を確認できるのだ。
少年も気になるが、不自然に思われないようゲームもしなくては。最近のメダル落としは液晶画面と連動しているタイプが多いらしく、この筐体もそうだった。
メダルに紛れたカラフルなボールを落とすことで液晶画面の状況が進行し、大量メダル獲得のイベントが発生したりするようだ。
まぁ今の俺の目的は大量メダルではなく少年の動向を窺うことなので、とくに気にせずゆっくりと遊ぶとしよう。少年より早くメダルが尽きてしまえば経費が嵩むしな。

焦らず焦らずじっくりと……液晶画面をボーッと眺めたり……とにかく時間を稼ぐ。
なんせ150枚だ。10秒に一枚使ったとするとたった25分で使い切ってしまう計算になる。
メダルを落として枚数が増えることを考慮しても、こういうゲームはどんどん手持ちのメダルが減っていく仕組みになっているものだ。
とりあえず20秒から30秒に一枚、メダルを投入する。もちろん、メダルが稼げるような位置、そしてタイミングに。
投入されたメダルはまず上段に落ち、上段のメダルを押し出し下段に。下段のメダルが押し出されるとこちらの取り分となる。
上段から下段に落ちる際に、とあるポイントを通すことでも液晶画面に変化がある。演出を眺めるという大義名分のためにも狙いたい。

しかし、始めるとなかなか面白いもので、初めの意識はどこへやら。すっかりメダルゲームに熱中していた。
といってもメダルの投入間隔は決めた通りの遅いペースを守っている。…………これがじれったくなってきたのだ。
何もせずに成果があるかわからない見張りをずーーっとしていた頃に比べれば、暇を潰しまくれている状況だが…………慣れってやつは怖い!
チラリと少年の方を見る。少年はあれから一度も席を立っていないにも関わらず、結構な数のメダルを所持していた。どうやら景気良くメダルを稼げているらしい。
やり込んでいるな……! と一瞬思ったが、やり込みようで何かが変わるゲームではないことは一度プレイすれば明白だ。単純に運が良いんだろう。
こちらも少年に負けじとメダルを稼がなければ、先にメダルが底をつくことになる。そうしてますますゲームにのめり込んでいく。

ゲームを始めてから1時間と数分が経過した。こちらのメダルは底をつく寸前…………。
明らかに少なくなってきてからは、かな~~り時間をかけてメダルを投入するようにしていたが、そろそろ限界だ……。
横からは景気良くジャラっジャラっとメダルの落ちる音。何故だ……何故そんなにメダルを落とせる……!?
やっぱり俺が素人なだけで、やり込めばメダルが稼げるようになるのかこのゲームは!?
…………怪しまれないように少年のプレイを見る。やり方は基本同じ。そりゃそうだ。このゲームのプレイングに幅はない。
見ている限り、心なしかよくメダルが動くような気がする。それはもうスルスル動く。上手いってことなんだろうな、これが……。
落ちそうで落ちない緑色のボールが少年の台の左側にあった。当然、左の方が動くように、そちらへメダルを投入している。
そして今放たれたメダルの動きでボールが―――! …………落ちそうで落ちないっ! 惜しい!
思わずこっちまで惜しいと思ってしまった、一瞬の後。
それは起きた。

コロンッ

なんだ今の動きは……? なんとも言い表しづらい感情が俺の中に渦巻く。
メダルが動いたその後のタイミングで、落ちそうで落ちない緑の球がコロッと手前に転がった。
落ちたボールで液晶画面が進行する……。大仰な演出の後に大量のメダル放出。いわゆる“ジャックポット”(大当たり)というやつだ。
呆然と隣を見つめる俺。同じ台でメダルゲームをやっていた人がもう一人いたが、その人もジャラジャラという景気の良い音で視線をそちらに向けていた。
さらに大量のメダルを抱えた少年に対し、こちらのメダルカップは底が見えている。これは追加か…………くそぅ。

いや、そんなことはどうでもいい! あれはそう……明らかに不自然だった。
ジャックポットで目を向けたもう一人のプレイヤーは気付いていなかったが、俺は確かに見ていた。落ちるはずのないタイミングでボールが落ちたところを。
使った……! いまこいつは超能力を使ってボールを落としたんだ!
そうだ、俺もそうすれば…………と思ったが、俺が使えるようになったのは【サイコキネシス】の方であり、【テレキネシス】じゃない。
少年の超能力は以前見た通り、物を持ち上げる【念力】……すなわちテレキネシスだが、俺のは一方向に作用を働かせるサイコキネシス……。
しかも威力は極小の程度であり、まだ正面方向、つまり自分から見て奥の方面にしか能力を発揮できない!
これでは逆にメダルやボールを遠ざけることになるだけだ。くっ…………もっと腕を磨いていれば……!
…………結局、しばらくして俺のメダルカップはすっからかんになった。おしまいだ。
1000円追加で続行するのもいいが、そろそろお昼時だ。少年が立ちあがるかもしれない。ここは一旦引いて遠巻きに少年を見張るべきだろう。

……しかし、少年はいくら待っても立ちあがる様子がない。
厳密にいえば立ちあがってはいた。だがそれは別のメダルゲームへと移っただけで、ゲームセンターから出ようとはしなかった。
確かにあの量のメダルをそのまま放棄して昼飯を食べに行くというのは考えにくい。
ゲームセンターのメダルっていうのは基本的に“貸出”で、店の外に持ち出してはいけない決まりになっていることがほとんどだ。この店も例外じゃない。
……もしかすると少年は朝昼兼用の食事を家で済ませてから来たのかもしれない。
そうなると…………くっ、腹が減ったぞ……! いまここで目を離すわけにはいかない……せっかくのチャンスを無為にはできない。
あのメダルの量ならしばらくは大丈夫、なんて考えこそ命取りだ。自分に都合のいい予測こそ身を滅ぼす……!
だからここは我慢だ……! 我慢……!
腹が“くぅ”と鳴いた。でも我慢だ……!

不測の事態に備えてあんぱんでも買っておくんだった……。

       10

待つ。待つ……。ひたすら待つ……!
放っておかれたペットのように“鳴き声”を発し続ける俺の腹は割高なゲーセン内の飲み物で誤魔化し、延々と少年を見張り続けた。
少年が視界に入るポジションに着きながら何をするでもなく、ただただ待ち続けることは苦行だった。
現れるかどうかわからない待ち伏せの時よりも辛く感じるのは、偏にこの空腹のせいだろう。
だが、結果が現れるかもしれないのを今か今かと焦らされ続けているからこそ、この現状に耐えられていることもあった。

少年がゲームセンターを出た後どうするか、というシュミレートも暇つぶしに一役買った。
まず外に出て例の裏道に入ったら呼び止めて話をしよう。もし入らなかったらすぐに声をかけて誘導する。
成功するかどうかはわからない。だが超能力の話をすれば興味を引くことぐらいはできるだろう。話さえ始めればこっちのものだ。
少年が超能力の事実を伝えることが重要だ。無暗に人前で使っていいものじゃないということさえ教えられれば……。
今回のメダル落としのようなちょっとしたことは隠れてコソコソ続けるかもしれないが、以前のカツアゲのような目立ったことはしなくなるはず。

こうして遠巻きから見張りを始めてから軽く3時間は経過しただろう。
よく飽きもせずにメダルゲームを続けられるよな。しかも半ば勝てる勝負だ。
いや……今やっているのはインチキのしようがない競馬ゲームか。お金の代わりにメダルを賭けて楽しむやつだ。
昔は俺も少ない小遣いを握りしめて、友達とデパートの屋上でよくやったっけな。馬じゃなくてアヒルのレースだったが……。
少年の周りは壮年から中年、お爺さんと言える人ばかりでその中に混じる少年は明らかに目立っていた。
どうやらインチキして稼いだメダルをガチンコ勝負で減らすことを繰り返しているようだ。
少年は相当暇らしい。友達いないのか? それにせっかくの夏休みだというのに。学生生活は短いぞ、少年……。
などと勝手に余計なお世話を焼いていると、メダルが減ったのか、再び少年はメダル落としへと足を向けた。
やれやれ……いつまでこのループは続くんだ……?

店員の目がチラチラと刺さる。話しかけてはこなかったが、さすがに数時間何もしないでいる人間は不審だろうなぁ。
俺も怪しまれないように色んなゲームに目を移しながら、場所を移動しながら少年を見張ってはいたが、何事にも限界はある。
店員からしてみれば、フロアを徘徊するたびにゲームをしていない俺を見かけるのだから目をつけるのは至極当然だ。
だが彼らには「ゲームしないんですか?」なんて聞く権利もなければ、義務もない(はず)。あとは視線に耐えるだけでいい。
その視線が結構辛いものなんだけどな……。この視線の妙なむず痒さは、後ろめたいことを何もしていないのに警官を避けてしまうような事象に似ている。
ずっと休憩所に居た時も似たようなものだったが、成果が出るか否かって時で、俺自身焦っているから余計に辛いのかもしれない。

そんなことを考えていると、また少年がボールを落とした。どうせまた動かしでもしたんだろう。
しかし今回は少し様子が違った。少年のいる筐体の向かい側にいた店員が、あろうことか少年に近付いてきた。
おいおい……なんか雲行きが怪しくなってきたぞ……。声をかける店員。少年は驚いた様子で店員の顔を見た。
恐らく、不自然な動きをした瞬間を不運にも店員が見てしまったのだろう。
瞬く間に始まる口論! 俺は急いで接近した……!
聞こえてくる話から、店員は少年が筐体を蹴って落としたのではないかと疑っているようだった。

「待ってください!」

咄嗟に間に入る俺……。同時に二人から視線を送られる。
咄嗟……咄嗟とは言え、何も考えも無しに首を突っ込んだわけじゃない。

「俺、見てましたけど、こいつは蹴ったりなんかしてないですよ」

そう、ここは好機と見て攻め入る! 突然話しかけて接点を作るよりも、こうした接点で少年に近付くのが良いと考えたのだ。
突然の第三者に店員は、誰ですかあなた、と当然の質問を投げかけてくる。
チラっと少年を見ると、顔に焦りを浮かばせながら俺の存在に疑問を投げかけているようだった。そして、どこか成り行きを任せているような雰囲気があった。
……これは行ける!

「まぁ、俺も大概不審がられてたようですけど、実はこいつの兄貴でしてね。親からちょっと見張るように頼まれてたんですよ。だからずっと見ていたってわけです。つまり、こいつがそんなことしてないって胸を張って言い張れます!」

大胆にも勝手に身内を自称する。そして今まで不審がられていた俺の立場への言い訳もついでに。
バレた時の保身も考えて、少し曖昧な表現に抑えておいたのもポイントだ。まぁ、バレないのが一番だが。
「しかしですね……、明らかにおかしいタイミングでメダルやボールが落ちたんですよ」
「見間違えじゃないですか?」
「そんなことは!」
「それに、店員さん。その時筺体の向かい側にいましたよね? 視界良好ってわけじゃなかったはずです。それにこいつの下半身は筐体に隠れて見えない。つまり“蹴った”って証拠はないんですよね」

ぐぬぬ……といった顔で言葉に詰まる店員。
こんな言い方では本当に蹴っていると思われてもしょうがないが、なにしろ証拠がなければどっちでも同じことだ。

「ですが……弟さんを見ていたらわかるでしょう? 今までメダル落としで異様なまでの成果を上げてるんですよ!」

やはり目をつけられてたか……。今までも続けているとしたらよくいままでいちゃもんつけられなかったよな。
だが、ここで折れては元も子もない。

「ははは、それは運がよかったんでしょう」

ヒートアップしてきた店員に向かって、けろっと言いのける。
これには店員も勢いを削がれたのか、数瞬の間をおいて、嘆息するように「はぁ……?」と口にした。
よし、ここらでまとめるか。

「まぁ、こうして疑われてしまったのには原因もあるでしょうし、個人的にはこいつの肩を持ってやりたいんですけど、とりあえず謝っておきます。ご迷惑おかけしました!」

ぺこりとお辞儀してこの場を治める。
…………と、これでまるっと解決というわけにはいかないと思うので、次の手を打たれる前にこちらが先手を打つことにする。

「ほら、帰るぞ」
「……は?」

少年の手を取ってその場に立たせた。
伝わるかどうかは知らないが、とりあえず目で合図。この場を離れるぞ、と。

「いや、まだメダルが…………」
「店員さんに目を付けられてまで続きやりたいか?」
「…………」
「すみません店員さん。メダル片付けちゃってください。ほら、行くぞ」

とやかく言われる前に退散だ。店員はさっさと行動した俺に対して特にアクションを起こさず、結局メダルの処理を始めた。
なんとか上手くいったか……。即興にしてはなかなか頭が回ったな。
俺はそのまま少年の手を引いてゲームセンターを出て例の裏道に連れて行った。
何が何やらという感じだった少年は、あまり抵抗せず俺に手を引かれた。

誰もいないことを確認して少年の手を離す。
幸いにも少年は逃げるような様子ではなかった。

「危なかったな」

一先ず、そう声をかけると訝しげに少年が口を開いた。

「助かったけどさ……、あんたいったい誰だ? なんで俺を助けた?」

ん……? どうやら俺のことなんか覚えてないみたいだな。
っていうか、あの薄暗闇じゃ向こうも俺の顔なんか見えてなかったってところか。

「俺は山城 明日太。君と同じ超能力者だ」
「!!」

その言葉に少年はハッと目を見開いた。
さーて、ここからが勝負所だ……。逃げられないよう興味を引いてきちんと説得しないと。

「まさか、この前俺を捕まえた男か……?」

む……、これはいきなり暗雲立ち込めたか……?
この裏通りで超能力の話なんかすれば真っ先に近時のあの事を連想するのは当たり前だったな……。
だがここで怯んでいるわけにはいかない。落ち着いて二の句を継がせてもらおう。

「……そうだ。あの時は逃がしちゃったけど、もう一度話がしたくてな」
「カツアゲならもうやんないよ」
「そうじゃない。そういうことじゃないんだ。俺がしたいのは超能力の話だ」
「超能力……」

少年は俯き加減にそう呟いた。
しかし、やっぱりカツアゲのことだと思われたか。いや、カツアゲもそりゃ悪いことだしするもんじゃない。
ただやっぱり重要度は超能力の方が上だ。

「君は超能力を自分だけが持ってる特別な力だと思ってないか?」
「…………あんたも持ってるんだよな」
「まあな」

胸を張って言えるほどのものではないが。

「じゃあ違う。あんたも持ってるなら俺だけが持ってる力じゃない」
「そういうことを言ってるんじゃないんだ。今までそう思って、力を使ってなかったか? ってことだ」
「それは…………」

再び少年は俯いた。わかりやすい“YES”のサインだ。

「ここで本題だ。実は超能力者ってのは一般人が知らないだけで、裏でこっそり社会が出来上がってるんだ」
「でも超能力ってよくテレビとかで……」
「あれはただのショーだよ。時々本物もやるみたいだけどな。それに、君だってまさかあれが本当のことだって思ってなかったんだろ?」
「確かにそうだけどさ……」
「……で、大事なのは超能力者の社会がある、ってことだ」

俺はゆっくりと、少年にわかりやすいように、超能力を人前で使うことの危険性を説明した。
初めは警戒していたようだった少年も、超能力のことについて質問してくるようになったり、段々と警戒を解いてくれたようだった。
やっぱりあそこで助けたことが効いてるのかな? だとすると、危険を冒して口を挟んだ甲斐があったというもんだ。
俺が超能力者について知っていることを一通り語り終えた時には、大分砕けた話し方をするようになっていた。

「じゃあ、そのPMOってところにいかなきゃなんないの?」
「あぁー……、確かにそうだな。行った方がいいかも」
「…………じゃあ連れてってよ。明日ぐらいに」
「随分と急だな? 予定とかないのか?」
「今日ずっと見張ってたんならわかるでしょ。俺、暇なんだよ」

少年はそう言って、にひひと笑った。
なんだ……初めて見た時は悪ガキだと思ったが、結構素直なやつじゃないか。

「ちょっと待ってろ。PMO行くには上司に連絡しないと」
「上司? さっきの話の?」
「そう。段ボールの爺さん」

まぁ、少年からすりゃ普通の爺さんに見えるんだろうが、俺は爺さんのことを段ボールとしか思ってないからな。

「あ、もしもし」
『ん? 明日太か。どうじゃ、成果は出たか?』
「はい、無事に話しつけました」
『おぉ、よくやった!』
「それで、明日PMOに連れて行こうと思うんですが……」
『おぉおぉ~、行ってきなさい』
「……え?」
『え、じゃなく。行ってくればいいじゃろ?』
「俺に任せるんですか?」
『“保護”するまでが任務じゃ……ふっふっ』

なーるほど、PMOに登録されてようやく“保護”ってわけですか……。
しかし……俺だってまだ超能力者として認められてから数ヶ月なのに、一度行ったきりのPMO本部に一人で連れていくなんて少し敷居が高いというかなんというか……。

『行き方は覚えてるな? 明日の報告はPMOから帰ってきてからでええぞ~』

それっきり電話は切られた。

「明日行って良いって?」
「あぁー……良いってさ」
「よし!」
「なんだか遊園地でも行くかってな喜びようだが、別に楽しいところでもなんでもないぞ? っつーかただの役所だしな」
「暇つぶしの口実ができればいいんだよ。ゲーセンは金使うし」

暇潰し、暇潰しね……。
恐らく中学生だと俺は思っているが、そこまで暇な夏休みを送ってるんだろうか?

あっ……っていうか明日バイトじゃねーか!
休みの連絡入れるか…………トホホ

続く