超能力探偵P.S.I
~第一章2~
5
7月も終わる頃、レンタルビデオチェーンのバイトを始めてから、初めて月丸々のバイト料を貰った。
振り込まれた額を確認……約8万円。
高校の頃のアルバイトに比べれば多いが、これじゃあ到底一人暮らしなんてできない。
当分は親の脛をかじる生活のままだ。超能力のこともあるから、バイトを増やすことは無理だし……。
……とりあえず4分の3は生活費で母さんに渡すとして、残りは全額俺のお小遣い――とはならなかったりする。
バイトの無い日だって爺さんの家には行く。その分はもちろん交通費が出ていないわけで……。
それを勘定に入れると…………残りはだいたい1万5千円。これだけではない。
忘れてはならないのが食費。バイトのある日は、ほぼ必ず外で買って食べる。
カップ麺と水のコンボなら200円以下に抑えられるが、バイトの前という状況もあって、しっかり食べておかないと自分が納得しない。
そうすると、月の小遣いは1万円程度になる。
…………よくよく考えれば、自由に出来るお金が一万円もあれば十分か。
シフトの都合上、今日のバイトは17時で上がりだった。
給料日ということもあり、バイト終わりに早速ゲームセンターへ。
このごろ毎日特訓、バイト、特訓、バイトの日々。給料日ぐらい羽を伸ばして遊びたいもんだ。
特訓といえば、あれから少しは進歩があった。
机に置いた缶が“少し”動いたのだ。
地震でもない、突風で家が揺れたわけでもない、俺の干渉により缶が動いた。
缶を倒せたわけじゃない。威力を例えれば、赤ん坊のほっぺたを“ツン”と突っつくよりも弱い。
だが俺にしてみれば、これは間違いなく“進歩”だ。ようやく歩き始めたのだ。
爺さんからは「正直、一般人に1から教えた方が早い」などと言われたが…………内心ホッとしていたのは感じられた。
ゴトンッ、と物が落ちる。
何かのマンガのキャラがプリントされた目覚まし時計。クレーンゲームの景品だ。
他にもペンギンだのイルカだの、男には似合わない、かわいいぬいぐるみを取っている。
景品が欲しいわけじゃない。クレーンゲームで遊びたいだけだ。
この目覚まし時計だって、プリントされているキャラクターには特に興味もない。
難易度が高そうという理由だけで挑戦したのだ。
今の俺はある種の興奮状態にあった。
超能力の進展、俺に示された可能性。給料日で浮かれていたこともある。
今は何をやっても成功しそうな、そんな気がしたのだ。
そしてこの釣果。ぬいぐるみに目覚まし時計。元々クレーンが得意だったとしても絶好調には違いない。
そう……今の俺は“調子に乗っている”!
この調子で普段やらない格闘ゲームにも挑戦する。一人目を倒し、二人目を倒し、三人目を倒し、まさに絶好調!
しかし四人目、デブでヒゲなやつ……こいつが曲者。何度やっても勝てない。なぜ……?
小銭が尽きてしまったので両替のために一度、席を立つ。
コンティニューの10カウント以内に戻って来れないとわかっていたが、三人目までは弱いので問題ない。
……などと思っていると、今度は三人目にすら勝てない!
ムキになって何度もコンティニューしクリアするも、待ち構えているのはあの四人目。
勝てない、勝てない、勝てない! 敗北シーンで高笑いするヒゲに殺意すら湧いてきた。
どうしてあの体型であんな軽快なフットワークができるんだ!? もう何度、懐に入り込まれたかわからない……。
そして吸い込まれるようにして投げ技を決められる俺のキャラクター。
こんな…はずでは……!
……既に聞き飽きた断末魔。
たまに1本取れることもあるが、2本目、3本目と2タテを喰らうのがお約束になっていた。
気がつくとまた小銭がない。両替しようと財布を取り出して、ふと気づく。
今日、ゲームセンターに来てから既に5000円も消費していたのだ! いくらなんでも熱くなりすぎた……。
まさに「こんなはずでは……」といった感じ。ノリノリだった調子も、完全に失墜していた。
さすがに冷静になった――というより落ち込んでしまった――俺は“戦利品”を持って店を後にした…………。
6
あの時見つけた裏道は、既に歩きなれた道になっていた。
今日もゲームセンターから駅前へのショートカットに利用する。
この道を利用する人はほとんど見ない。よくいう「路地裏に隠れた名店がある」なんてこともない。
なんたってビルとビルの隙間だ。やはり元々人が通ることを想定していない道なんだろう。
しかし今日ばかりは様子が違った。
裏道を少し進むと話し声が聞こえてきた。
裏道は表通りの喧騒がある程度遮られるため、道に入るまでは気づかなかった。
「…………。 ………!」
その会話は穏やかでない様子だ。
正直関わりたくないのだが…………、聞こえるのは子供の声だった。
子供なら誰か来れば逃げ出すんじゃないか、という考えもあったので、とりあえず曲がり角から様子を伺うことにした。
「なぁ、どうせもっとたくさん持ってるんだろ? ほら、出してみろよ」
「持ってないよ! 持ってない! 500円で勘弁してくれよ!」
そこには男が二人がいた。学生服は着ていないが、体格や声からして中学生ぐらいだろう。
いや、7月の終わりといえば中学生ならもう夏休みだ。私服で当たり前だった。
会話を聞きかじったところ、ダブダブの半袖半ズボンにベスト、黒のキャップをかぶった少年が、同じく半袖短パンのメガネをかけた少年に対し、カツアゲをおこなっている模様。
人通りの少ない裏道でカツアゲか……。たしかにやるには打ってつけの場所かもしれない。
「嘘はいけねえな!」
「っつ……! だから……勘弁してくれって……!」
キャップがメガネの肩を殴った。いわゆる“肩パン”というやつだ。
昔、“ジャンケン肩パン”なる遊びが流行っていたっけ。あれはやられると相当痛い。
俺が一人で思い出に耽っているうちに、カツアゲはどんどんエスカレートしていた。
「いい加減にしろよ!」
「痛い!」
今度は蹴りを入れる黒キャップの少年。
しかし体格はキャップの方が小柄だが、メガネは一切反撃していない。
性格的にできないんだろうか。偏見だが、そういう性格でもおかしくない見た目をしている。
「うっ……ひぐっ………!」
おっと、カツアゲの物珍しさからつい傍観してしまっていた。
さすがに首絞めはまずいだろう。そろそろ出て行って助けてやるか。
……そう思った俺は、ふと違和感に気づいた。
メガネの足が地面についていない。
季節は夏、とはいえ18時半。外灯のないこの道はなかなか薄暗い。
だが確かにメガネは持ち上げられている。
黒キャップは片手で首を絞めているのだが…………片手で自分より体格の大きい相手を持ち上げられるのか?
体格が大きいと言ってもそこまで差があるわけじゃない。だが……これはおかしい。
片手で首を絞め、持ち上げている一方、もう片方の手はベストのポケットに突っ込んでいる。
そして余裕の表情。その体勢が苦しいといった様子は微塵も感じられなかった。
だが、いつまでも見ているわけにはいかない。下手するとメガネの少年が大変なことになる!
俺は曲がり角から飛び出し、一言
「おい! 何やってんだ!」
表通りには聞こえない程度の大きな声で言い放った。
ビクリとこちらを見る黒キャップ。同時にメガネは首絞めから解放される。
「ゲホッ! ぅゲホッ!」
「ちっ……!」
黒キャップは俺のほうを向いて、じりじりと後ろに下がっている。
このまま逃がしても何も問題は無いが…………俺はさっきの現象が気になった。
まずは直接本人に聞くか? いや、答えが返ってくる保障はない。それ以前に逃げられるだろう。
ならば捕まえて聞いてやる。
じりじりと近寄る俺。それに伴いじりじりと後ろにさがる少年。
そこで不意を打って突然走り出し、少年に近づく! 不意打ち成功か、少年はピクッと身を固くした。
しかしその後、少年の取った行動は
「ふん!」
「うわっ!?」
“逃走”ではなく“闘争”だった。
背を低くして全身の体重を乗せたタックルを決めてきたのだ。
俺は完全に不意を打たれる形で突き飛ばされた。
「へへへっ! ばーか!!」
少年は倒れた俺の横を駆け抜けて、後ろを振り返りながら捨て台詞を吐く。
……してやられた。不意を打ったつもりが、打たれたのだ。
恥ずかしさに顔が熱くなるも、すぐに立ち上がり少年の後を追う…………つもりだったが
「いでっ!」
俺のほうを振り向きながら走っていた少年は、足元にある“物”に気づかず、ズッテンと転んだ。
その“物”とは、先ほどゲームセンターで手に入れた俺の“戦利品”の入った袋だ。曲がり角から出てくる前に置いておいたのだ。
少年はすぐに立ち上がろうとするも、既に立ち上がっていた俺に追いつかれる。
「ほら、立て」
少年の腕を掴んで上に持ち上げ、立ち上がらせる。
さて、これからどうするか……。
「離せ!!」
少年は精一杯暴れるが、抑えきれないほどではなかった。
先程の不意打ちは別として、片手でメガネの少年を持ち上げた力はどこから出していたのやら、見た目通りの腕力しかないようだ。
近くで見ると腕も足も細い。パンチやキックをしてくるが、片腕を持ち上げられている体勢じゃ、そんなに威力はない。
「こうなったら~………!」
「……!」
やはり! 何か隠し玉があるか……!
少年は手を俺の顔に向けた。
…………しかし、何もおきない。
何も変わった様子はない。
「………なんだ? なにかしたのか?」
思わず声に出して聞いてしまう。
すると少年は急に焦りだした。
「あれ!? なんでだ? この! この! なんで効かないんだよっ!」
…………まさかとは思っていたが、この様子は間違いない。
黒キャップの少年は“超能力者”だ!
7
偶然。そうとしか言い用がない。
まさか超能力とまるで無関係な日常で、“超能力者”と出会うことになるとは。
黒キャップの少年がやった手を向ける仕草、これは【念力】を使う際、狙いを認識するためにやるものだと爺さんに教わった。
視線と手、それを標的に向けることで命中させ易くしている、ということらしい。
つまり少年の使った能力は【念力】、それも物を持ち上げる“テレキネシス”の方だ。
「そこのキミ! さっさと逃げろ!」
「え? あ、は、はいぃ!」
一連の様子を見ていたメガネの少年に声を掛け、この場から去らせた。
これで黒キャップの少年と一対一で会話できる。
「……お前、超能力が使えるのか」
辺りには俺と少年以外に人はいないが、あくまで静かに、囁く様に話しかけた。
その言葉を聞いた瞬間、抵抗する力を弱め、俺の顔を見上げた。
「…………」
少年は何も言わなかった。
もう一度訊ねる。
「超能力が使えるんだな」
「…………それが、どうしたってんだよ」
訊ねてから少し間をおいて答えが返ってきた。
確かに……捕まえて、訊ねて、答えを聞いたはいいが、その先のことを考えていなかった。
「興味があっただけだ」
返答に困り、思ったことを口に出す。
興味がある…………本当にそれだけだったのだ。
どうして使える? いつから使える? 他にも使える超能力はある?
そんな他愛のない、友達同士がするような質問しか思い浮かばなかった。
「それだけ? じゃあ、放してくれよ。お前の興味なんか知ったことか」
冷たい反応が返ってくる。いや、これが当然、当たり前の反応だ。
俺と少年は“友達”どころか、たった今出会った“赤の他人”に過ぎない。
捕まえておくことが不毛に思えた時、少年の手を放していた。
「もうあんなことすんなよ」
「うっせーバカ!」
一目散に逃げていく少年。どうせ俺の話なんか聞いちゃいない。
ちなみに「あんなことするな」の“あんなこと”というのは超能力を使った暴力のことだが、
恐らく少年はカツアゲのことと受け取っただろう。言った後で言葉が足りてないな、と自分で思った。
しかし超能力を持った少年か……。
あんなに堂々と使ったところを見ると、PMOの存在は知らなさそうだ。知っていたら使うはずがない。
超能力は一般人に知られてはいけないことだと、PSIコードを発行する際に何度も聞かされた。
つまり、少年は“野良”の超能力者ってことだ。PSIコードの登録されてない、PMOが把握してない超能力者。
…………保護しておくべきだったのか?
――――次の日。
爺さんに“野良”の超能力者について、それとなく聞いてみた。
「ふと思ったことなんですけど、PMOが把握してない超能力者ってどうするんですかね?」
「“どうする”ってどういうことじゃ?」
「えーっと……、見つけたらどうするか、ってことですけど」
昨日会った、という事実は伏せた。
みすみす逃がしたことについて何か小言を言われると思ったからだ。
「そうじゃな。犯罪者ならPMOに通報、そうでないなら保護、といったところかのう」
「犯罪者?」
「超能力犯罪者じゃよ。前に説明したじゃろ?」
そういえば説明を受けた気がする。
超能力犯罪者……、そのまんまの意味で超能力を使った犯罪行為をしている人のことだ。
PMOには 捜査官 と呼ばれる超能力犯罪者を取り締まる人たちがいる。
正しくは 超能力犯罪捜査官 なのだが、長いので単純に 捜査官 とだけ呼んでいるらしい。
話はズレたが、ともかく少年は今度会った時に保護すれば良いってことだな。
「それで、会ったのか? 明日太」
「え?」
突然、主語の無い言葉を投げかけてくる爺さん。
「会ったのか? 超能力者に」
……鋭い。
というか、ある程度想像つくか、さすがに。
「えーっと……、実は昨日――――」
隠しても仕方が無いので正直に昨日の出来事を話した。
「なるほど……、街中で超能力者に出会うなんて珍しい事象が、こんなにも早くに訪れるとはのう。
もっと前から説明しておくべきじゃったな。」
「すいません、一応超能力は使わないように言っておいたんですけど」
嘘ではない。少年に伝わったかどうかは別だが。
「中学生ぐらいだったんじゃろ? まだ物事に分別つけられるほど大人じゃあない。間違いなく同じようなことを続けるじゃろ」
「ですよねー。まぁ、また会った時に捕まえておきますよ」
これでこの話は終わり、という感じでテキトーに宣言した。
だが。
「いや、いまから探しに行って来い」
「…………え?」
爺さんはとんでもないことを言い出した。
「いまから……? いまからっすか!?」
「いまからじゃ! 早急に保護して来い!」
何を言い出すかと思えば、少年を保護しろ、だと!
確かに一度捕まえておいて逃がしたりなんかしたが、なんで俺がそんなこと!
「少年を犯罪者にしたくないじゃろ?」
…………え?
爺さんの言葉に俺は耳を疑った。
「は、犯罪者? 少年が犯罪を犯すってんですか?」
少年がやっていたのはただのカツアゲだ。
メガネの少年が危なかったこともあるが、このことは爺さんに話してない。
なぜ爺さんは少年がいずれ犯罪者になるなんてことがわかるんだ?
この疑問の答えはすぐに返ってきた。
「超能力の存在を一般人に知らせてしまえば、それは罪となるのじゃ。この世界ではな。
そうなってしまえばPMOの者が少年を拘束せざるをえない。知らなかったじゃ済まないんじゃよ」
ドキリとした。
少年は超能力というものが既に“社会化”されていることを知らない。
自分に、自分だけに芽生えた特別な力とでも思っている可能性が高い。
彼が調子に乗って、PMOの人間が後処理をしなければならないような事態を引き起こしてしまえば…………少年の未来は消える。
あの少年は、俺からすれば所詮“赤の他人”だ。
だが、俺は知ってしまった。あの黒キャップの少年を。今ならまだ、その少年を救うことができる。
この状況で少年を放っておけるほど、俺は薄情な人間じゃなかった。
さらに言えば、昨日捕まえた時、爺さんに相談する手段もあったのにそれをしなかったという後ろめたさもあった。
寝覚めの悪いことはしたくないもんな…………。
俺は決心して座っていたソファから立ち上がった。
「特訓は休みにしてやる。保護したら、すぐに連絡するんじゃぞ」
「わかりました………探してきます!」
俺は荷物も持たずに外へ飛び出した。
一刻も早く、あの少年を保護しなければ…………!
続く
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