超能力探偵P.S.I
~第一章1~
1
「…………俺って、本当に才能あるんですか?」
水前寺の爺さんの家で超能力の特訓を始めてから、今日で一週間。
進展はあったのかというと…………今言った言葉からわかるように、まったくなかった。
「まだ一週間じゃ! まだ一週間!」
「それ、三日目にも同じようなこと言ってましたよね」
人の事は言えない。同じようなことを言ったのは俺も同じだった。
「才能があるのは間違いないはずなんじゃ! う~む、特訓の方法が悪いのかのう」
爺さんの家には地下室がある。
地下室と言っても暗くて怪しい雰囲気の場所なんかではなく、一面白い壁紙のシンプルで開放感のある個室だ。
俺は一週間前からここで超能力の特訓を行なっている。
やっている内容はといえば、手を触れずに机の上にある空き缶を倒すことだけ。
超能力【念力】(サイコキネシス)の特訓だ。これが一番簡単らしい。
どんな能力を使う超能力者も、少し練習すれば修得はできるという触れ込みで気軽に始めたこの特訓。
その結果はこれだ。一週間進展なし。期待していた分、気持ちの凹み具合も大きかった。
俺は「はぁ~」と溜め息を吐いてその場に座り込んだ。
「お前さんに向いていないのかのう? 【念力系統】の能力は」
「それじゃあ【遠隔感応系統】に向いてるんですか?」
「いや、しかしなぁ……。お前さんの能力抵抗からすれば念力を扱えないはずは無いんだが…………」
超能力の“系統”については、初日に爺さんから教わった。
超能力は大きく分けて4つの系統に分けることができる。
物理的な干渉を主とした【念力系統】、精神的な干渉を主とした【遠隔感応系統】、
自然現象を操る特殊な能力【現象操作系統】、そしてそのどれにも属さない【無系統】の4つ。
【現象操作系統】と【無系統】は特殊であるがため、訓練での修得は不可能とされている。
…………となると、やはり【念力系統】か【遠隔感応系統】になるわけだが……。
「【遠隔感応系統】の訓練はどんな感じなんですか?」
いい加減【念力】の特訓は飽きてきたので、気持ちの切り替えをするが如く爺さんに訊ねてみた。
「ん、興味あるのか? そうじゃな、まず先日説明したとおり、系統の中でも修得する能力によって訓練方法は違うわけじゃ。
例えば系統の名称にもなっておる【遠隔感応】(テレパシー)の訓練は、頭に思い浮かべた言葉を相手に向けて飛ばすといったものじゃ」
「そんな簡単に言いますけど、飛ばし方が全然わかりませんよ」
「うむ、それなんじゃがなぁ。基本的にイメージが大切なんじゃ。
だから本来ならお前さんに直接超能力を味わってもらって、イメージをし易くするものなんじゃが……」
「超能力抵抗があるから無理……ってことですか」
最初は「すごいのかも」と思った自分の“力”だが、今この状況においては邪魔でしかない代物だ。
俺はまた溜め息を吐いた。
「まぁ……無理ってワケじゃない。その抵抗を突っぱねるほどの力を与えればよいわけじゃからな。
しかし、衰えたわしにはもうそれほどの力はない。元々わしは器用貧乏で色々扱えるが、飛びぬけた能力が無い男じゃったからのう」
結局、今は無理ということだ。しかし、イメージか……。
俺は自分で自分の想像力が豊かだとは言えない。だけど人並み程度にはあると思っていた。
「そうじゃな……、んー……。今度教本を取り寄せよう。その方が良いな、うむ」
「えっ! 教本とかあるんですか!?」
「ああ、訓練生用のやつじゃ。PMOの超能力強化施設で使われとってな」
「それならそこで特訓しましょうよ!」
「高いんじゃよ、あそこ。お前さんもバイト探してたぐらいだからお金ないじゃろ?
そもそもあそこは既に超能力が使える者が能力の強化のために行く場所じゃよ」
「はぁ……。それじゃその教本だけでいいです……」
「うむ。たしか1600円だったかな。明日、持ってきなさい」
「へ!? 俺持ちっすか!?」
「もちろん」
「ケチ!」
「ケチとはなんじゃケチとは! そもそもお前さんが出来ないのが悪いっ!」
「ぐっ…………」
そう言われては返す言葉が無い。俺はあくまで教えてもらってる立場だ。
しかしこの爺さんがケチなのは間違いない。なんたって爺さんの家に来る交通費も俺持ちだからだ。
お金無いこと察するぐらいなら、交通費ぐらいくれよなぁ……。
「はぁぁぁぁ~~~~………」
俺は今日何度目になるかわからない溜め息を、思いっきり吐いた。
バイト探すか…………。
2
夜、テレビを見ながら駅で取ってきたバイト情報誌を眺めていると、母さんが不思議そうに話しかけてきた。
「あら? ついこの前、新しいバイト決まったのよね?」
「んー、決まったよ」
「じゃあどうしてバイト情報誌読んでるの?」
そりゃ、そう思われても仕方ない。
決まったは決まったが、“研修中は給料が出ない上に交通費も出ないバイト”なのだ。
しかし詳細を話すわけにもいかないので、適当に誤魔化す。
「…………ふ、二つ目のバイト……」
「明日太、無理しなくていいのよ? 私だって働いてるし、母さんどちらかというとあなたにはちゃんと就職してほしいのよ」
高校を卒業してから何度も聞いている母さんの言葉で、途端に居心地が悪くなる。
俺は聞かなかったことにして再びバイト情報誌に目を落とした。
「ん、原峰町のレンタルビデオチェーンかぁ……」
「もう……! またそうやって目を背けるんだから……」
その時、テレビから超能力者の話題が飛んできた。
胡散臭い外国人が箱の中にあるものを透視する……などと言うのだ。
よくあるバラエティ番組といえばそれまでだが、俺はもう本物の超能力を知っている。
このテレビに出ている外国人は本物の超能力者なのか? はたまた偽者で、いわゆる“ヤラセ”なのか?
「母さん、これって本物だと思う?」
ふと、母さんに超能力の話題を振ってみる。
身近な人間が超能力に対してどのようなイメージを持っているのか、見てみたかったのだ。
「こんなの嘘に決まってるじゃない。超能力なんて存在しないわ」
断言。母さんはきっぱりと言い切った。
何もそこまで言わなくても、というぐらい夢のない主張だ。
「明日太、夢を見るなとは言わないけど、いつまでも夢を見てちゃダメよ」
「う、うん…………」
普段はやさしい母さんだが、さっきの俺の態度に怒ってるのか、少しトゲのある言い方だった。
「いつまでも夢を見てちゃダメ」か……。
この一週間、まったく結果が出ない“超能力”を追いかけている今の俺にはグサリと刺さる言葉だ。
俺が今、超能力の特訓をしていることを母さんが知ったら、どんな顔をされるだろうか。
そして仮にだが、もしも俺が超能力者になったとして、仕事を始めたとしよう。
そうしたら母さんにはなんと説明すればいいのだろう?
さっきの言葉からして母さんは超能力なんて信じちゃいない。
話すわけにはいかないし、何より例え家族であろうと一般人に対しては秘密にしなければいけないことだろう。
しかし母さんは、息子のやっている仕事にまるで無関心、などという性格ではない。いつまでも隠しきれることじゃないはずだ。
やはりそうなっても“フリーター”で通すしかないのか……。
爺さんや倉門さんは俺には未知の才能があると言った。
もし超能力が親から子に遺伝するものであれば、俺の才能は親から受け継いだものかもしれない。
しかし、“親”と言っても母さんは違う。
何故なら母さんは、親は親でも“育ての親”だからだ。
俺は捨て子だった。母さんと血の繋がりはまったくない。
母さんは19の時、今の俺とそう変わらない年齢の時に、赤ん坊の俺を引き取ったという。
それから今まで結婚もせず、働いて、働いて、これまで育ててくれたのだ。
どうして拾い子をそうまでして育てたのか?
その理由を母さんは教えてくれなかった。俺自身、聞きだしたいという気持ちもなかった。
ただ言える事は、俺の“母”と呼べる人間は母さんしかいないし、とても感謝しているということだけだ。
そんな事情もある俺は、どうしても母さんに楽をさせてあげたかった。
定職に就かずにフリーターしている俺がそんなことを言っていいのかわからない。
だがつい1週間前、その“チャンス”がやってきたのだ。
母さんに言えない仕事でもいい。今はチャンスをものにするため、ひたすら夢を追うべきなのだ。
…………そのためにも、バイトを見つけるべきなのだ。
ふと頭に浮かんだケチな爺さんの顔(と言っても箱)をかき消して、俺は再度バイト情報誌に目を落とした。
3
爺さんの家で特訓を始めてから2週間。
進展はまったくなかった。
教本も穴が開くほど読まされたが、果たして効果はあったのやら。
いや、進展がないんだから効果は無かった可能性が高い。1600円返せ。
「……で、いつまでこんなことしなきゃいけないんですか?」
「これっ、集中せんかい!」
いま俺は教本に書いてあった“精神統一”とやらをやっている。
なんでも、精神を集中させてイメージを作りやすくするとかなんとか。
ここ3日間で合計5時間ぐらいはやらされている。
成果? ありませんよ、そりゃ。
「缶を小突くイメージじゃ、小突くイメージ」
「ん~~~~っ! んんんん…………!」
目を瞑っているので缶は見えないが、動いた様子はない。
「うんうん唸ってるだけじゃダメじゃぞ!」
「わかってますって!」
「返事はいいから集中せんか!」
くっそ~、爺さんもイライラしてるな、これは。
こっちも爺さんに対しての不満度は中々だぞ。
…………ってこんなこと考えてる時点で集中できてねーや。
「あ ぁ ー! もうやめだ、やめ!」
「おい、勝手に止めるんじゃないわい!」
「だって、全然ダメっすよ、これ。本のせいにはしたくないですけどね……」
こちとら1600円も払ってるのだ。
さっきは効果が無いとか悪く言ってしまったが、あまり悪いとは思いたくない。
「そう言っても、もうこれぐらいしか手段がないんじゃ。今日でもう2週間じゃぞ」
「わかってますよ……。俺だって焦ってます。」
あまり例がないらしいが、才能のある元・一般人超能力者は、大体1週間もあれば頭角をあらわすらしい。
そして俺は2週間で未だ進展なし。これは焦る……。
日本人の多くは人と違うことに対し、何かしらの感情を抱く。俺も御多分に漏れずそうだ。
この場合は焦燥感。比較に誰がいるわけでもないが、成果を挙げられない自分に焦りを感じられずにはいられなかった。
「明日太、わしの顔を見なさい」
言われたとおり、爺さんの顔を見る。
相変わらずのダンボール面(?)だ。
「どう見える」
「そりゃ……もちろん小さい穴の開いたダンボール箱ですよ」
「うむ。…………なんでじゃ? なんで超能力使えないんじゃ?」
こっちが聞きたいよ。
…………そんな調子で今日も特訓の時間が終わる。
いつも朝の9時から、早々に特訓を始めさせられて、昼頃には終える。
どうして朝からなのか聞くと、曰く「出社だと思え社会人」とのこと。正直、意図が読めない。
俺のためにそういう意識を付けさせようとしてくれてるのか、それとも単に爺さんの都合なのか。
考えるだけ不毛な気がする……。従っておけば角は立たないからそれでいいか。
「それじゃ、今日はもう帰ります」
「ん。たまにはうちで昼でも出してやろうか?」
珍しく爺さんがそんなことを言う。
ケチなイメージが既に出来上がってるので少し引っかかった。
「えーっと、好意はありがたいんですけど…………」
「なんじゃ? 用事でもあるのか」
「13時からバイトがありまして」
嘘ではない。決してケチな爺さんがどういう風の吹き回しだ、とか思ったわけではない。
本当にバイトがあるのだ。
「お前さん、バイト探してうちに来たんじゃなかったのか??」
「いや、そのー…………収入がないとキツイですし」
遠まわしに、今の交通費も出ない体制に文句を言ってみる。
遠まわしすぎて爺さんに伝わってない可能性・大だが。
「そうか。ま、特訓の時間と重ならないようにな」
「え? あ、はい」
なにか言われるかと思いきや、さらっと流された。
まぁ、金銭面ではあの仕打ちだ。バイトぐらい許してもらわなきゃ困る。
特訓に対する“形式的”な礼を言い、俺は爺さんの家をあとにした。
4
新たなバイト先は爺さんの家と同じ 原峰町 にある。
バイト情報誌で見つけたレンタルビデオチェーン店だ。
原峰町にあれば支給される交通費で爺さんの家にも通える、ということで原峰町を狙ったのだ。
そんな考えで面接を受けに行くと、人手が足りてなかったのか、運良く即日採用された。
まだ初めて数日なので慣れない事もあるが、接客自体は酒屋でよくやったものだ。勝手は大分違うが……。
そんなこんなで、バイトが終わったのは18時。
夏至を迎えたばかりの季節で外はまだ明るい。
家に帰るべく駅の前まで来たところで、ふと、この町を散策してみたくなった。
原峰町はこの近辺じゃ一番賑わいのある町と言われていて、駅周辺には有名なチェーン店が集まっている。
付近に中学、高校もあり、この時間帯でも下校している生徒をちらほらと見かける。
こうして賑わっている原峰町だが、俺にとっては最近まで縁もゆかりもない土地だった。
俺が通っていた高校は地元の中登にあるし、働いていた酒屋も地元だ。
友人達と遊ぶこともあったが、それでもこの町には来たことが無かった。
だが、これからは何度も足を運ぶことになるのは間違いない。この機会に散策しておこう。
どうせ家に帰っても特にやることはないし。
俺は駅周辺を歩いてまわることにした。
100円ショップ、スーパーマーケット、本屋など、興味のあるお店は大体見つけることができた。
そして駅に戻る際、別の道を通っていくとゲームセンターを見つけた。興味を惹かれたので中に入ってみるとする。
家計に余裕がないうちでも、高校に上がってバイトをし始めてからは、家の取り分の他に自分の小遣いとしてゲームセンターで遊んでいた。
そんなにゲームをやる方ではないので、家で出来るゲームよりもそうした場所でちょっとだけ遊ぶというやり方が俺の性に合っていた。
今日は持ち合わせもないので遊ぶ事はなく、どんなゲームが置いてあるかだけ見て、ゲームセンターを出た。
入った時には気づかなかったが、ゲームセンターの前には中ぐらいのビルが並んで建っていた。
そのビルとビルの間に小さな道を見つける。どこかに繋がっているんだろうか?
もう帰るつもりだったが、時間が無いというわけでもない。少しの寄り道ぐらいいいだろう。
小道は人二人分程の道幅で、外灯もなく、そろそろ日が暮れてきたこの時間帯では暗くて見通しが悪い。
そのせいか人通りもなく、町の賑やかさは建物で遮られ、辺りは静かだった。
そもそもここは人が通ることを想定された道なのか? そうであるなら外灯ぐらいあってもいいと思うが……。
お世辞にも綺麗とはいえない道を歩くこと数十秒。
道を挟む建物の立地の関係で2回ほど曲がり角があったが、無事、別の通りに出ることが出来た。道は通じていたのだ。
しかもそこは俺が働いているレンタルビデオチェーン店のある通りなのだ。その通りからは駅も見える。
なるほど、なるほど。ここを通ればバイト終わりからすぐに遊びに行けるというわけだ。
思わぬ抜け道を発見した俺は、なんだか得した気分で帰路に就いた。
このなんでもない ふとした行動が、後の巡り会わせを生むことになるとは、この時の俺が知るはずもなかった……。
続く
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