超能力探偵P.S.I

 ~序章2~

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あの面接があった次の日の朝。
いきなり水前寺の爺さんから電話が掛かってきた。

『突然ですまんが、昨日言った予定は中止じゃ。他にやることができたからの』

“昨日言った予定”とは、爺さんの家で超能力の特訓をする、という話だ。
爺さんの話は10時に灯岳(あかりだけ)の駅前まで来てくれ、とのことだった。灯岳は昨日行った倉門ビルのある町だ。
俺は軽く朝飯を済ませ、時間に遅れないよう早めに家を出た。

灯岳は家の最寄り駅中登(なかのぼり)から5駅、おおよそ20分程かかる。
駅のホームで5分ほど待たされたものの、対した滞りもなく灯岳まで到着した。
改札を出ると爺さんは既に着いていたようで、身長の低さも関係なしにダンボール頭が目立っていた。(といっても目立っていると感じているのは俺だけなのだが)

「おはようございます。まだ15分ぐらい早いですよね」

俺は爺さんの近くまで行って声を掛ける。

「おお、来たか。なに、早いに越したことはないじゃろ」

齢をとるとのんびり待つのも苦じゃないのかな、などと失礼な考えが頭をよぎったが、もちろん口には出さない。

「それで、今日はどちらへ?」
「ふふふ。今日はPMOの本部へ行くぞい。ついてきなさい」

ピーエムオー? 本部というからには何かの団体なんだろう。
人のいる往来で詳細を聞くこともできないので、俺は何も言わず爺さんの後をついて歩いた。

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しばらく歩くと着いたのは倉門ビルだった。

「えーっと…………倉門ビルですよね、ここ」
「ここにあるんじゃよ」

そう言うと爺さんはトコトコとビルの中に入った。
“PMOの本部”という言葉からどんな大層な団体だろうと想像したが、こんな雑居ビルにあるようじゃ小規模なものなんだろうな。
ビルに入る時、再びスカスカのテナント案内板を確認した。
そういえば1階にはどこかで名前を見たことのある広告会社の名前が書いてあったが、それを除けばこのビルにはダミー会社の倉門商事しかないはずだ。
…………爺さんは一体、どこに行くつもりなんだ?

「おーい、なにしとるんじゃ。こっちじゃぞ」

爺さんは年齢を感じさせない――と言っても実年齢は知らないが――軽いステップで階段をひょいひょい上っていく。
後を追うようにして俺も階段を上ると、爺さんは2階で足を止めた。さすがに今日の目的地は倉門商事じゃなかったか。
しかし2階は何もテナントが入っていない。さっきも言った通り、このビルには広告会社とダミー会社しか入ってないのだ。
―――ん? よく見ると2階の表札に何か書いてあるぞ。“飯田”…………?
“飯田”と書かれている表札がそこにある。まさか会社名じゃないよな……。しかしテナント板には何もかかれていなかったのは確かだ。
爺さんは“飯田”の部屋の扉をコンコンとノックした。…………反応なし。
続けてコンコンと何度もノックする爺さん。

「おーい、開けてくれ」

すると扉の奥から声が聞こえてきた。

「はいはーい! 今開けます!」

扉を開けて現れたのは警備員のような格好をした長髪の女性だった。長い髪には少しウェーブがかかっている。

「あら、水前寺のおじ様。いつも言ってますけど、連絡くれれば外でお待ちしましたのに~」
「毎回言うがな、今回も連絡したぞい! どうせまた確認して無いんじゃろ!」
「えーと、どれどれ。あっ、本部からメール着てました! あはは……」

携帯電話を取り出して苦笑する女性。どうやら水前寺の爺さんとは顔馴染みらしい。

「やれやれ。学習しないのう……お前さんは」
「どうもメールってチェックし忘れるんですよね~。今度から電話にしてください、って頼んでみます」
「そうしてくれ。ほれ明日太、そこで見てないで入ってきなさい」
「あ、それじゃ失礼します」

爺さんに促されて部屋の中に入る。中はほとんど物が置かれていない殺風景な部屋だった。
部屋の隅にデスク、その上にはパソコンと数冊の本。他に特筆するものはなく、テレビすら置いていない。
ここが“PMOの本部”…………なわけないか。表札“飯田”だし。

「今日はお一人じゃないんですね。初めて見る顔ですけど、お客さんですか?」
「倉門商事、新人発掘第一号じゃ。お前さんも電話で話したじゃろ?」
「あぁ! たしか、山城さんでしたっけ? 超能力者だったんですね~! おめでとうございます!」

何がおめでとうなのかよくわからないが、反射的に「ありがとうございます」と返してしまった。
会話を聞くに、倉門商事に電話した際、応対した女性はこの人だったということか。

「ということは、これからPMO行きですか? って、そうですよね~。本部からメールですもんね」

話が見えてこない。ここが“PMOの本部”ではないことはわかっているが、それなら何故ここに来たんだ?

「はっはっは、不思議かの? どうしてこんなところに来たのか」
「えっ、あっ、えぇ? ま、まさか俺の心を読んだ……?」

俺の方を振り向いた爺さんが、今まさに考えていたことを話題に出した。
爺さんだって超能力者だ。心を読む能力を持っていても不思議じゃない。

「あはは。顔に不思議だーって出てたんですよ~、思いっきり」

…………恥かいた。思いっきり。

「まぁ、不思議に思うのが普通ですよね。山城さんはまだ一般人ですし」
「そうじゃな。というわけで、自己紹介がてら、説明してやってくれんか」
「了解です!」

そういうと女性は部屋の隅のデスクから一枚の名刺をとりだした。

「わたくし、“テレポーター”の『飯田 果穂』です!
 灯岳ポート場を担当してまして、付近のポート場、PMO本部などに御用の際は是非ご利用くださいね!」
「て、テレポーター?」
「はい! 移動一瞬、格安運賃、安全保障のテレポーターです!」

…………説明されたようで全然説明できてないぞ。
っていうか、この人が“飯田”!? そのまんま名前の表札だったのか……。

「飯田くん、根本的に説明不足じゃぞ。まずは用語の説明からじゃ!」
「す、すみません~。えーと、用語の説明……ですねっ」

どうやらこの“飯田”さんは、おっちょこちょいな性格らしい。

「まず“テレポーター”っていうのは、【瞬間移動】(テレポーテーション)の能力を使ってお客様を遠くまで運ぶ仕事をしている人のことです。本来ならテレポーターは“瞬間移動能力者”という広義的な使い方をされる言葉なんですが、我々の業界では職業の方の意味で呼ぶことがほとんどですね。なんせ【瞬間移動】の“スペシャリスト”ですからね。もちろん私もですよ、えっへん。……あはは」

自分で威張っておいて照れ笑いしている飯田さん。頭の後ろを掻く仕草で長い髪が揺れた。
わざとらしく咳払いして照れた顔を元に戻すと、「続けますね」と宣言してから、再び説明を始めた。

「えーっと、テレポーターの仕事はさっきも言いました通り、お客様をお運びするお仕事です!
 そしてそんなテレポーターが常駐している場所を“ポート場”って言うんです。
 基本的にテレポーターが移動できるのはこの“ポート場”という場所だけです。だから各地にあるんですね」
「つまりじゃな、わかりやすく言えばテレポーターが電車で、ポート場が駅ってところじゃ」

飯田さんの説明を聞いて不足だと思ったのか、爺さんが補足説明を入れた。
ありがとう爺さん。飯田さんには悪いけど、すごくわかりやすい。

「ようするに飯田さんの瞬間移動で“PMOの本部”に行くわけですか」
「そうです! まぁ、詳しくはPMOで色々と教えてもらえるはずですので、早速出発しましょうか」

流れにあわせて極自然に会話していたが、結局PMOとやらが何なのかはわからないまま出発することになった。

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初めての瞬間移動は本当にほんの一瞬の出来事だった。
飯田さんが俺と爺さんをガッシリ掴んで「行きますよ~」と言った瞬間、眼前の景色がブレた…………ような気がした。
そんなことすら確信できないほど、テレポーテーションは一瞬の出来事だったのだ。
気がつけば俺達は別の場所にいた。先程までいた部屋と大して変わらない殺風景な部屋ではあるものの、確かに別の場所だ。

「PMO本部~、PMO本部~、ご到着でございます~」

飯田さんはまるで駅のアナウンスが如き口調で到着を報せた。

「飯田くん、そういうのは気が抜けるからやめなさい」
「ええ~、良いじゃないですか。こう……到着した~って感じしません?」

確かに電車での通勤・通学に慣れていると、そんな感じがする。
しかしこんな一瞬の移動じゃ、いくらアナウンスされてもそういう気分にはならなかった。

「お帰りの際は外の電話でお呼び下さいねっ。それでは!」

敬礼のポーズを取ったかと思うと、次の瞬間にはその場からいなくなっていた。
なるほど、あれが傍から見た【瞬間移動】か。

「ほれ、さっさと行くぞい」

一人で瞬間移動に関心を寄せていると、爺さんが部屋の扉を開けながらそう言った。


扉を開け、短い廊下を進んだ先にあったのは受付だった。まるで役所みたいなところだ。

「身体調査部の倉門を呼んでおくれ」
「はい、伺っております」

くらかど……、そうか倉門か。倉門商事の名前はその人から取ったんだな。
受付の女性が内線を鳴らし、コール2回で電話を切った。
すると、すぐ近くの部屋から背広を着た壮年の男が顔を出し、爺さんの姿を確認すると軽い駆け足でこちらにやってきた。

「巌介さん! いやー、お待ちしておりましたよ!」
「待たせてすまんの」

まだ約束の時間より早いがな、と爺さんは付け足した。
待ちきれないほど重要な用件だったのか、はたまたこの人がせっかちな性格なのか、それはわからない。
壮年の男――おそらく倉門さんだろう――は、爺さんの一言に苦笑で返した後、俺の顔を見た。

「君が山城くんかい?」
「はい、山城明日太です」

訊ねられたのでお辞儀しながら簡素な自己紹介を済ませた。

「僕は倉門芳樹。PMOの身体調査部長……って大層な肩書きだけど、あんまり大した事ないから気にしないで」

倉門さんの第一印象は“気さくなおじさん”といったところだ。
俺は何気なく倉門さんの顔を見る。フレームの大きい眼鏡が特徴的だ。ステンレス製っぽい。
顔立ちは、齢を重ねている雰囲気はあるが老けているという印象は感じられない。
目立ったシワもなく、30代後半から40代まで少し広い年齢を予想できる顔だ。
髪の毛も短めにまとまっているがハゲてはいなかった。

「聞いたじゃろ? つまり今日はこの男にお前さんの身体を調査してもらうわけじゃ」
「それはいいんですけど、その前にPMOが何なのか教えて欲しいんですが……」

いい加減、聞いておかないとモヤモヤが溜まっていくばかりなので、ついにPMOが何なのか聞くことにした。

「え? 巌介さん、話してなかったんですか?」
「そういえば話してなかった気がするのう」

少し頭を傾げる爺さん。ボケてるんだか、わざとなんだか。

「それじゃあせっかくだから僕が説明しましょう。と、その前に、立ち話もなんですから、うちの部署に行きましょうか」

倉門さんは歩きながらPMOについて軽く説明してくれた。
PMOとは“Psychic Management Organization”の略、つまり超能力者を管理する組織だそうだ。
管理する、とは具体的にどういうことかというと、“PSIコード”と呼ばれる個人証明コードを発行してPMOのデータベースに登録し、超能力者の所在を把握する、ということらしい。
ちなみにこのコードを持っていれば、先の“ポート場”などの超能力に関係する便利な施設を使用することができるって話だ。
さらにPMOのやっていることはこれだけでなく、超能力者の健康診断をする部署があったり、超能力の研究機関なども内包しているという。
倉門さんの所属する身体調査部はその名の通り、超能力者の身体を調査する部署だ。

「今日巌介さんと一緒に君を呼んだのは、身体検査のためなんだよ」

身体調査部の部署に着いた倉門さんは自分のデスクに座ってそう言った。

「昨日、君がうちのダミー会社で取った検査結果を巌介さんに送ってもらったんだけど、やっぱり気になってね。
 だって数値上では君は超能力の才能が無いことになってるんだ。でも巌介さんの証言がある。これは調べるしかないだろう?」

元々電源が入っていたノートPCでなにやら操作をすると近くにあった厳重そうな扉が横にスライドした。

「検査をする機械があの部屋にある。“倉門商事”にあるのと同型のだよ」
「同型……ですか? もっとすごいやつでもう一度ってわけじゃなく?」
「同じ機械で再検査さ。あそこにあった機械が正常だったか、それとも故障していて数値が取得できていなかったか。どちらの可能性もある」

なるほど。昔マンガで見た「こいつぁスカウターの故障だぜ!」というやつか。
まさか自分がその立場になるとは思っても見なかったが……。

「芳樹、お前さんはどっちに期待しておる? やっぱり機械の故障か?」
「ははっ、そうですね。半々……ってところでしょうか? 山城くんの才能があるのは喜ばしいことですけど、機械を修理するには結構費用要りますから」

修理の値段と俺の才能が天秤にかけられた。まぁ、初対面の人間から受けた期待としては十分かもしれない。

「それじゃあ再検査といこうか、山城くん」

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検査の最中、自分の才能に対する不安で頭がいっぱいだった。もし自分に才能が無かったらどうなってしまうんだろう。
超能力のことは一般人には伏せられているし、やっぱり記憶を操作されて元の生活に戻るんだろうか。
いや、元の生活に戻れるのならまったく問題はない。もし口封じのために監禁……もしくは殺されたりなんかしたらたまらない。
そんなことはないはずだ、と自分の考えを自分で否定するも、その否定もまったく根拠が無いものだった。
なにしろ超能力の世界は未知の領域だ。超能力の世界の常識を俺は知らない。飯田さんとの会話も今思えばちぐはぐだった気がする。
何が起こるかわからない、そんな世界に俺は足を踏み入れてしまったのだ。……昨日の出来事を考えると半ば強制的だったが。
そんなことを頭の中で考えていると、ピーッという電子音が鳴り、検査は終了した。
検査が終わり、ベッドから起き上がる。最初に目に付いたのは、口を軽く握った拳で覆う、いわゆる“考える仕草”をしてパソコンの画面を見つめる倉門さんの顔だった。

「まぁ……修理代は浮いたな」

倉門さんの後ろでポツリと呟いた爺さんの一言で、昨日と同じ結果だと判断できた。

「んー…………山城くん」

突然名前を呼ばれてドキリとした。どうなるんだろう。まさか俺の思い通りにはならないと思うが……。

「そこに立ってくれないかな」
「え? えっと……、ここでいいですか」

倉門さんが指示した辺りに立つ。

「ああ、その辺りだ。いくよ」

そう言うと倉門さんは俺に手のひらを向けた。瞬間、倉門さんの目に不思議な灯りが見えた気がした。
…………それから数秒後、「ふぅ」とため息をつきながら倉門さんは手を下ろした。

「報告通り、ですね」
「次はわしがやろう。【念力】(サイコキネシス)に関しちゃお前さんより得意じゃ」
「な、なにしたんですか、いま!? 【念力】って…………」
「いいからそこに立っておれ! いくぞ!」

今度は爺さんが同じポーズを取る。しかし、やはり何も変化はなかった。

「……なっ。報告どおりじゃろ」
「これは…………逸材かもしれませんね」

倉門さんは真剣な面持ちでゴクリと喉を鳴らした。

「あのー……、なんかいつも話題に置いてけぼり喰らってんですけど」
「すまんすまん、わざとじゃないぞ? ただお前さんの特異な才能のせいでな、いちいち説明しながらなんてまどろっこしいことしてられんのじゃよ」

俺のせいかよ。でも爺さんはやっぱり、俺には才能があるという。いいのか、調子乗っていいのか俺。

「いま、山城くんに【念力】をぶつけてみたんだよ。何か感じたかい?」
「いえ……何をされたかさっぱりでした」

俺は思った通りのことを言う。途中の会話から予想はついたが、何も起こらなかったので何をされたか判らなかったのは事実だ。

「あまり専門的なことを言っても難しいとは思うけどね。僕の得意な超能力は【瞬間移動】なんだ。
 ただ【念力】も少々扱える。専用の機械で計測した僕の【念力】の数値は“約16ψ(プシー)”。
 その力で君に向けて念力を放った。しかし君は眉一つ動かさなかった」

“専門的なこと”と銘打って話し始めたことで少し難しく感じたが、ようするに倉門さんの念力が俺に通じなかったということだ。

「わしの【念力】は芳樹よりは強い。数値は覚えておらんが、20から30といったところじゃろ」
「つまり山城くんの超能力耐性……、こと【念力】耐性に関しては30ψ以上ある、ということになります」
「それじゃあ昨日水前寺さんが言った通りなら、俺はそれぐらいの【念力】が使えるってこと…………?」
「普通ならそうじゃ。だがお前さんはいま、念力を受ける時、何かしたか?」

何かした、と聞かれても。二本の足で立っていた、と答えたら怒られるだろうか。ここは素直に答えることにする。

「何もしてません。たぶん」
「一般の超能力者なら何もせずに超能力を防げるなんてことはまず、ない。
 そんなことがあり得るなら、サイコキネシス数値100ψの超能力者は、大半の【念力】能力者の攻撃を無条件で無効化できることになってしまう」
「【瞬間移動】能力者も、他の人のテレポーテーションで移動できなくなりますね」

笑い話のように倉門さんが例を挙げた。

「もうわかったな? 本来は意識して相手の超能力に抵抗するものなのじゃ。だがお前さんは無意識のうちに“耐性”を発揮してしまっている」
「昨日聞いたのは“超能力抵抗”が優れてるやらなんやらって話でしたけど」
「ああ、その通りじゃ。その時から予感はしてたがのう。今ハッキリとわかった、というところじゃ」

ややこしくなってきたのでとりあえず頭の中で話を整頓すると、単純に俺は防御に優れるってこと…………だと思う。
それにしても安心した。“念力”なんて聞いた時にはその場で始末されるのかと思ってしまった。
とりあえず爺さんの言った通り、俺には才能と呼べるものがあったことが証明された。普通ではない、というのが少し不安だが。

「それで……結局俺は他の超能力者みたいに、超能力が使えるようになるんですか?」
「お前さん次第じゃよ。明日太の面倒はわしが見てやる。良いな、芳樹」
「まぁ……巌介さんが担当したわけですし…………許可しましょう」
「許可? 何か問題でもあったんですか?」
「いやなに、倉門商事は名前からも判るとおり、芳樹の管轄なわけでな。
 本来ならあの場で発掘した新人はPMOで今後の道を決める予定だったんじゃ。
 それをわしが勝手にお前さんを引き取ろうとしてるわけじゃから、ちと……な」

なるほど、俺を誘ったのは爺さんの独断だったのか。そういえば昨日、「他の誰かに任せようとしてた」とか言ってたっけ。

「それじゃあ、あとは“PSIコード”発行の手続きをしてお仕舞いじゃな。芳樹、世話になったな」
「いえ、とんでもない。それと、僕はもう少し調査を続けてみます。山城くんのことで何かわかったら連絡お願いします」
「うむ。大治郎にもよろしくな」

爺さんの後に続いて俺も身体調査部を後にした。もちろん倉門さんへの挨拶は忘れずに。
この後、先程説明された“PSIコード”とやらを発行してもらう手続きをし、今日の予定は無事終わった。

「お疲れ様でーすっ! 案外早かったですね」

ここにやってきた時に歩いた廊下の壁についていた電話で連絡をいれると、すぐさま飯田さんがやってきた。

「ちょっとした身体検査とPSIコードを発行しに来ただけじゃからの」
「PSIコード!」

なぜか飯田さんは“PSIコード”を復唱した。

「んふー。それがあればポート場を使用できるんですよー?」

上品なのか下品なのかわからない笑い方をしながら、俺に向けて飯田さんが得意げに教えた。
そのことは既に倉門さんから教えてもらっているが、親切心――ただの自己満足かもしれないが――で教えてくれているんだから、そのことについては黙っておいていたほうが得策だろう。

「へぇ~、そうだったんですか。それは便利ですね!」
「なに言っとるんじゃ? それはさっき説明したじゃろ」

…………空気読めよ爺さん。

「え、そ、そうでしたっけ? あはは……」

とりあえず苦笑。苦笑でごまかす。
気を使ったのが仇になったか…………、これじゃ俺が人の話を聞いてないヤツみたいじゃないか!

「えーっと、ともかく使えるんです。わかりましたねー!?
 それじゃ他のお客さんも待ってるかもしれませんから、ちゃちゃちゃーっと帰りましょう!」

ニコニコしながら言う飯田さん。営業スマイルなのか、自然に笑顔が出ているのかわからないが、嫌な気分がしないのは確かだ。


帰りのテレポーテーションも一瞬のうちに終わった。だから“瞬間移動”なんだろうけど。

「それではPMO本部往復の賃金、2名様合計して1,600円になりま~す!」
「お金取んの!?」

思わず突っ込んでしまう俺。

「当たり前ですよ~。これも商売なんですから」
「距離と時間を考えれば安いもんじゃよ。ま、今日はわしが払っておこう」
「あ、どうもありがとうございます」

爺さんには話してないが、自分の家庭事情を考えるとどうしてもお金のことには敏感になってしまう。
だけどその事情を盾に人の同情を買う気もさらさらない。うちの事情は俺と母さんだけの問題だ。


倉門ビルを後にした俺と爺さんは電車に乗り、その中で明日の予定を交わした。(人の目があるので大事な用語は伏せて話した。)
明日からは爺さんの家で本格的に超能力の訓練が始まるらしい。
爺さんの家は原峰町(はらみねちょう)駅にあるという。家がある中登駅からは2駅だ。
詳細は当日話すと言ってその日は別れた。訓練となると、もしかしたらキツイものかもしれない。
しかし俺にはもう不安などなかった。物心ついてから今まで生きてきて、自分に何ができるのか、ハッキリ明示されたのはこれが初めてだったからだ。
それまでは生活のために仕事をする日々、考える余裕もなかった。根本的に言えばそれは今だって変わっちゃいない。
だが俺の心は変わった。お金を稼ぐために漠然と仕事を探していた自分はもういない。
やると決めたからには俺は超能力者の世界で仕事をする! 自分ができることをやるんだ!

固く決心を結んだ俺は、これから始まる生活に期待を抱きながら帰路につくのだった。

序章 終わり