超能力探偵P.S.I
~序章1~
1
目の前に佇む雑居ビル。俺はキョロキョロとあたりを見回す。
倉門ビル と書かれた看板はこのビルにしか見当たらない。
ふと目に入ったスカスカのテナント案内板に目的の名詞を見つける。
どうやらこの寂れた雑居ビルが俺の目指していた場所で間違いないようだ。
それは段々と日差しが強くなってきた6月某日のことだった。
「山城君、実は今月いっぱいで店を畳もうと思うんだよ……」
高校生の頃から働かせてもらっている酒屋の店長が、申し訳なさそうに俺に告げた。
スーパーやコンビニの台頭により、酒屋の経営が悪化したのは俺がアルバイトに入る前からだった。
ただでさえ苦しい経営状況に加え、店長は既に定年を迎えている齢。
母子家庭で貧しい生活をしていた俺を快く雇ってくれた店長も、高校卒業後、定職に就けなかった俺を見て良い機会だと思ったのかもしれない。
しかし店長は責任を感じたのか、俺に新しいアルバイト先を紹介してくれた。
話を聞けば、店長の知り合いが「若い人に向けて」と、色々な人に求人広告を配っていたそうだ。
他にする仕事が何も無いフリーターな俺には、店長の厚意を受け取る以外の選択肢は最初からなかった。
目的の事務所は雑居ビルの最上階、5階にあった。
ビルにエレベーターはなく、人が2人並んだら詰まってしまう程に狭い階段だけが唯一の道だった。
狭い階段をのぼりながら、俺は先ほど見たスカスカのテナントを思い出す。
たしか、2階から4階は空いていたはず。なのに何故今から行く事務所の主はわざわざ一番上を陣取ったんだ?
それより最近では、ある程度の階層がある建物にはエレベーターの設置が義務付けられていたような気がするが、このビルは結構古い建物なのか?
などと考えを張り巡らせていると、いつの間にか5階までのぼりきっていた。
目の前には 倉門商事 というステッカーの貼られた扉がポツンと存在している。
そういえばビルの名前も 倉門ビル だったが、同じ名前ということはこの会社が所有しているビルなんだろうか?
それにしてはショボイ事務所だ。自分のところのビルなら空いているスペースも使ってしまえばいいものを。
しかし、このビルに足を踏み入れてからというもの、変な疑問ばかり浮かんでしまう。
気づかないうちに緊張していたのかもしれない。そう思った俺は思考を切り替えるために携帯電話で時間を確認した。
電話で問い合わせた時間にはまだ20分近い余裕がある。だけどせっかく事務所の前まで来たのだから、とりあえず事務所の中で待たせてもらうことにする。
俺は扉の横にあるインターホンを鳴らした。
≪はい、どちら様ですか?≫
10秒程の間をおいて、インターホンから声が聞こえてくる。
しかしその声は俺の予想だにしないものだった。どう聞いても60、70は行っているであろう老人の声。
通常、このような応答は女性、そうでなくても聞き取りやすい声質の人間を使うだろう。少なくとも俺はそう思っていた。
しかし聞こえてきたのは老人の声だ。
大したことではないにも関わらず、先ほどからの違和感の積み重ねがあったせいか、俺は慌ててしまった。
「あ、あの!先日、お電話をかけた山城というものですが!」
それでもなんとか言葉を捻り出し――みっともない返答だと思いつつ――インターホンの声に応じる。
≪あー、はいはい。少々お待ちください。≫
老人の気楽な応答からわずか数秒後、扉の鍵が静かに解かれた。
そして開け放たれた扉の向こうにいた人物を見た俺は、落ち着こうとしていた気持ちはどこへやら消え、絶句せざるを得なかった。
なぜなら、頭にダンボールを被った爺さんがそこにいたのだから。
2
唖然として固まっていたのは数秒だっただろうか。体感的には数分経っている気持ちだが……。
爺さんに声を掛けられ正気に戻った俺は、そのまま事務所に招き入れられた。
事務所の内装は一般人が想像するものと大きな違いはまったくない、いわゆる『普通の事務所』だった。
いくつかのデスクが並び、簡易的に作られた仕切りの向こうには対面できるようにセットされた椅子と机が見える。面接用だろうか。
……しかし、そこには爺さん以外の人は存在しなかった。今はまだ夕方というには少し早いような時間帯であるにも関わらずだ。
このビルに訪れてから感じていた疑問は、解決されることなく、急激に不安へと変わる。
いや、固まっていたから反応が遅れただけでダンボールの爺さんを見た時から既に変わっていたはずだ。
頭の被り物を除いたとしても、爺さんの格好は会社員という感じではない。紺色のゆったりとした服装……たしかこれは『作務衣』というやつだ。
身長もかなり低い。決して自分の身長が高いというわけではない。この爺さんは漫画的に小さかった。
なので自然と見下ろす形になっている。身長の事は関係ないし、第一失礼極まりないが、他の要素も組み合わせて胡散臭いことこの上なかった。
「何か気になることでもあるかな?」
「え! いや、なんでもありません」
不意に掛けられた一言で余計な考えを振り払い、これから始まるだろう面接に気持ちを向ける。
「ん、それじゃあそっちの仕切りの向こうにある椅子で面接するからの」
爺さんに促され、予想通りの場所に向かう。爺さんが座ったのを確認してから「よろしくおねがいします」と挨拶し対面に座る。
その間も、そして対面した今も、ダンボールの爺さんは「これが普通だ」と言わんばかりに堂々としていた。
堂々としているというよりは、「自分がおかしなことをしている」という素振りが全く見て取れない、と言った方が近いか。
ダンボールには細かい穴が円状に幾つも空いているだけで、爺さんの表情は読み取ることができない。
というか、その小さい穴でこちらがちゃんと見えているのか、とても気になる。
思い切って指摘してしまおうか? ……しかし、何か事情がある可能性もないとは言えない。
もしかすると既に面接は始まっていて、このダンボールで俺の反応を見ているのかも……?
いやいや、たかがアルバイトの面接でこんなこと、普通はしないだろう。正社員の面接でもこんなユニーク面接は無いと言い切れる。
先ほど振り払った『余計な考え』は結局、数十秒で再び俺の頭を支配していた。
「あー……、わしの顔に何かついとるのか……?」
さすがにダンボールを凝視しすぎたか、爺さんが怪訝そうな口ぶりで問いかけてきた。
もう指摘してしまった方が精神的に楽になるんじゃないだろうか。
こんな不安な会社、アルバイトに入っても碌なことになる気がしない。
というか、まだどんな仕事をするのかまったく耳にしていない。
酒屋の店長に貰ったチラシは手作り感バリバリの粗末なもので、会社名と連絡先ぐらいしかまともな情報はなかった。
応募する際に電話で聞いてみたが、その時も「面接時に説明する」と言われてしまったほどだ。(ちなみに電話の相手は女性だった)
思えばその時から既に怪しかったわけだが、せっかく店長が気を遣って紹介してくれたバイト先だ、と行くことを決めてしまった。
だが、もういいだろう。ダンボールのことを口にしよう。店長には「残念ながら不採用でした」と、苦笑いしながら話せばいい。
指摘したからといって不採用だと決まったわけではないが、俺は覚悟を決めて爺さんに話しかける。
「あの……!」
「あっ、すっかり忘れとったわい!」
「…………はい?」
話しかけた瞬間、手をポンと叩き、爺さんが立ち上がる。
「コーヒーを出すのがウチの決まりなのじゃ! コーヒーは飲めるかな?」
突然過ぎる問い掛け。せっかく決めた覚悟をポッキリと折られた俺が萎縮気味に「飲めます」と答えると、爺さんは席を外してコーヒーを淹れに行った。
タイミングが悪かったのか? それともわざとやっているのか?
わざとだとすれば相当性質が悪い爺さんだ。俺の反応を見て楽しんでいるんだから。
もしかしてどこかのテレビの企画じゃないか、とも思い辺りを見回すもカメラらしき物は見当たらない。
一般人に向けてのドッキリ企画なんて日本じゃ見たことがない。……それじゃあいったい、この状況はなんなんだ?
なんだか答えの無いパズルゲームをやらされているような気分になってきた。いや、答えは求めようとすれば手に入るんだろう。
しかし、それを求めようとした結果、寸止めを食らってしまったのだ。……やっぱり俺をからかってるのか?
「いやいや、お待たせした。砂糖やミルクは入れておいたからの」
戻ってきた爺さんの手にはコーヒーカップが2つ。
…………2つ? まさか爺さんも飲む気か……!? ダンボール被ってるのに!?
っていうか、勝手に砂糖とミルクを入れて来たぞこの爺さん……。別に困らないけど。
「では面接を始めようか! はい、カップ持って」
「え? は、はぁ……」
「それじゃ、かんぱーい!」
…………本気で頭が痛くなってきた。
別に祝い事でもなんでもないし、普通コーヒーで乾杯なんてしないだろ! というか、何から何まで普通じゃない!
それにダンボール被ったままコーヒーなんか飲めるわけがない! ツッコミ待ちなのか!?
「んー、うまい」
などと言う爺さんのコーヒーは一滴も減っていない。完全に“飲むフリ”だ……。
「ほらほら、君も飲んで飲んで」
急かす爺さん。「君も」って、あんた飲んでないじゃん!
コーヒーは嫌いじゃない、というよりむしろ好きな方だが、何故かいま飲む気にはなれなかった。
「あの……それより面接を……」
「まずはコーヒーを飲んでから始めるのが“うち流”なんじゃ。だから飲んで飲んで」
執拗にコーヒーを勧める爺さん。ここまで言われると意地でも飲みたくなくなってきた。
「あとで飲みます! だから面接しましょう!」
「今飲んで! 今飲むのが大事なんじゃ!」
「何が大事なんですか!? 面接の方が大事ですよ!」
「ええい! 飲まんか! このぉぉーっ!」
意地でも飲まない姿勢を貫いていると、突然爺さんが俺に出したコーヒーカップを手にとって机に乗り出した!
バシャッ!
「あっ……」
……俺の顔面にぶちまけられるコーヒー。俺の中で何かが切れる音がした。
「……っざけんじゃねえ! このダンボールジジイぃぃーーーッ!!」
ジジイの胸倉をむんずと掴み、これまでの鬱憤を晴らすかのようにガクガクと揺らす!
「若者馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!!」
椅子に向けて突き飛ばした後、勢いに任せてジジイの頭のダンボールを掴み、そのまま思いっきり上に持ち上げた!
……スッポンと外れるダンボール。現れるジジイの顔。…………唖然とする俺。
そこにはなんとも形容し難い、ジジイの“顔”があった。
ハッと気づいたジジイ……爺さんは、慌てて顔を隠しながらこう言った。
「な、何者じゃ? お前さんは……」
それはこっちのセリフだった。
3
爺さんの顔が見えたのは一瞬。だが、“訳有り”だと認識するにはその一瞬で十分だった。
何があったのか、とても理由を聞けそうにない顔。子供には見せられないような、そんな顔。
俺は自分のしたことにひどく後悔した。指摘するだけで良かったんじゃないか、……そう思った。
ダンボールを被り直した爺さんが口を開いた。
「この“箱”はな……。普通“箱”には見えないんじゃ」
俺には何も言えなかった。貰ったタオルで顔を拭きながら、俺は沈黙を続ける。
「つまり、お前さんは“普通”ではない! ……ということ」
散々、普通じゃないことをしてきた爺さんに「普通じゃない」などと言われたくはないが、何も言わない俺。
「あー……、なにか言わんか、ほれ」
「なにか」
いつの間にか持っていた杖でポコと叩かれる俺。
「いってぇ! なんだよ、もう!」
「こう言ってはなんだが、さっきのことは忘れろ! それよりも重大な話があるのじゃ!」
忘れろと言われても無理があるが……素直に話を進めることにする。
「重大なこと……とは?」
「お前さんが見えている、この“箱”のことじゃ」
さっきのことは忘れろと言ったのに、結局このダンボールの話なのか……。
「確認のために今一度聞こう。今、わしの顔が見えるか?」
「……ダンボールに覆われて見えないですけど」
「うむ。やはりな……」
話が見えてこない。爺さんは一人勝手に納得し、なにやらフンフン言っている。
しばらくして何かを決心したのか、椅子から立ち上がり、俺の方を向いた。
「お前さん、“こちらの世界”に入ってくる気はあるか?」
「……こちらの世界ぃ?」
意味のわからない質問に思わず復唱してしまう。
「一般人は知らない世界じゃ。と、言っても異世界とかそういうのじゃないぞ?」
……まさかこの爺さん、どっかの組のお偉いさんで、俺を極道の世界に引きずり込もうとしてるんじゃ……?
さっき見た顔は、その昔、対立している組との抗争で傷を負ったとか、そう考えると納得がいく。
「こんなことを言うのもなんだが、儲かる話もあるぞい?」
ああ、やっぱりそうだ。この爺さんは“筋者”だ。そういう人たちはいくらでも儲けていそうだもんな。
「どうなんじゃ。悪い話ではないと思うんだが……」
俺がいくら母子家庭で貧乏だからといっても、さすがにそういう道に走ってしまっては、ここまで育ててくれた母さんに会わせる顔がなくなってしまう。
……断ろう。そして、逃げよう。胸倉掴んじゃったし。殺される前に逃げよう。
「あ、あの……。さすがに……そっちの世界は無理かなぁって。自分、善良な一般市民ですので……。
人を殺すだの殺さないだのっていうような世界には……入れません」
「は? なんでそういう話になるんじゃ?」
「えっ? 極道の世界がどうのって話じゃ……?」
「なんでそんな話になっとるんじゃ! わしだって善良な一般市民じゃわい!」
「そ、そうですか! あははは……」
どうやら思いっきり勘違いしていたようで、安心すると同時に恥ずかしさが俺の顔を赤くした。
「え、えーと……。結局、どんな世界なんですか?」
「もうまどろっこしい言い方は止そうかのう……。間違いなさそうだし」
小さな声でブツブツと喋る爺さん。独り言のつもりなのだろう。こちらにバッチリ聞こえてしまっているが。
「心して聞くのじゃ!」
「は、はい!」
爺さんは指をビシィっと差して言った。
「お前さんには“超能力”の素質がある! だから来いッ! “超能力の世界”へ!」
あまりに突拍子もない爺さんの発言に、俺は少し固まってしまった。
超能力の素質? どうして俺にそんなものがあるってわかった? 爺さんとは出会って30分も経たない間柄だ。
そもそも“超能力”だって? そんなファンタジーなことを突然言われても、そうそう信じられるものじゃない。
「まぁ、理解が追いつかないか。どれ、すこし説明してやろうかのう」
爺さんが中身の入っていないコーヒーカップに指を差し、「見ていなさい」と言った。
すると間もなく、コーヒーカップがカタカタと揺れだし、宙に浮いた……。
俺は思わず椅子から立ち上がり、コーヒーカップの上や周りに手を伸ばす。しかし何もない。何もないのにコーヒーカップは浮いているのだ。
「……これが、超能力じゃ」
浮いているコーヒーカップと爺さんを交互に見返す。
ダンボールに隠れた爺さんの顔が、ニヤリと笑った気がした。
「厳密に言えばこいつは“テレキネシス”という、物を持ち上げる超能力じゃ。
これほど超能力というものをわかりやすく説明できる能力もないぞい?」
それから「重いものはちと無理だが」と付け加えて、俺の肩にかかっていたタオルもふわりと持ち上げた。
まさに爺さんの言うとおり、わかりやすい能力だった。事実、俺は超能力を信じ始めていた。その力を目の当たりにしたのだから、信じるなという方が難しい。
「……俺にもこれができるって言うんですか」
あくまで冷静に、爺さんに問い掛けた。
「できる。……お前さん次第じゃがな」
爺さんの声は真剣そのものだった。俺は胸の高鳴りを抑えて、静かに答えた。
「それじゃあ……行ってみます。その世界に……」
4
爺さんはこのアルバイト募集の真の目的を話してくれた。
この 倉門商事 という会社は元から存在していなく、アルバイト募集に見せかけた超能力者の発掘に使うためのダミー会社ということだ。
聞けば超能力の世界も高齢化が進んでいるらしく、新人発掘に力を入れているんだそうだ。
しかし自覚のない超能力者を探すのは難しいらしく、このような方法が取られているという。(もちろん超能力のことは一般人に秘密だからだ)
様々な事情から知り合いから知り合いへと、口伝でしか宣伝できていないらしいが……。
ちなみに始めてから一ヶ月で、応募は俺で3人目らしい。効率悪過ぎだろ。
話も一段落して、俺と爺さんは事務所の奥にある扉から、別の部屋に移った。
そこにはなにやら大きな機械と、1つのデスクが置いてあった。
「そういえばお前さん、名前は山城といったかな。下の名前はなんじゃ?」
「明日太(あすた)です。山城 明日太」
電話で履歴書は不要と言われたので、そういった類の物は持ってきていなかった。
結局、面接もうやむやになったので、自己紹介どころか名を名乗ることすらこれが初めてだった。
「わしは水前寺 巌介という。“こっちの世界”じゃ、わりと名の通ってる者じゃよ」
水前寺と名乗った爺さんは、少し誇らしげな声でそう言った。
「そしてこの部屋にあるのが、超能力の素質を数値的にあらわすことができる、スゴイ機械じゃ」
紹介された機械を再び見る。円筒状に穴が開いていてその中にベッドが入るようになっている。
人間ドックでやる『CTスキャン』のような、というかそのまんまな機械だった。……人間ドックに行ったことはないが。
「これ……どういう原理なんですか?」
特に聞きたいわけでもなかったが、何か喋らないと落ち着かなかった。
「わしに聞かれてもわからんなぁ。ま、こいつは最近できた代物でな。
自覚はないが素質はある、まさにお前さんのような超能力者のタマゴを見つけるのに最適な機械というわけじゃ」
「はぁ。……ん? でも俺は既に素質があるってわかってるんですよね?」
「お前さんが特殊なだけじゃよ。さっきも言った通り、わしの被ってるこの“箱”、普通の人は“箱”と認識せんのじゃ」
そういえばそんなことを言っていたような気がする。話を聞かないつもりはなかったが、聞き流してしまっていたようだ。
「だから普通の人には、ちと“工夫”をしてこの機械にかけるわけじゃ」
“工夫”……ね。
「もしかしてさっきのコーヒーですか……」
思ったとおりのことを口にすると、爺さんは「ぴんぽーん」と気軽に返してきた。「ぴんぽーん」じゃねえよ。
「睡眠薬入りのコーヒーでな、是非飲んでもらいたかったんじゃよ。先ほどはすまんかったな」
眠らせてから意識のないうちにこの機械にかけるってことか。確かにそうすれば超能力のことを知られずに検査できる。
…………だからって、アレは無理矢理過ぎる。乾杯はないだろ。乾杯は。
「ともかく、ササッと済ませちまおうかの。ほれ、ベッドに寝てくれ」
言いたいことはあったが、俺としてもササッと終わらせたいので素直に爺さんの指示のまま従った。
検査はベッドで目を瞑っていたらいつの間にか終わっていた。
時間にしてものの数分といった所だろうか。おそらく10分も経っていない。
「これで終わりですか?」
声を掛けたとき、爺さんはデスク上のパソコンでなにやらチェックをしているようだった。
「これは……興味深いデータじゃな」
「…………?」
オフィスチェアをくるりと回転させ俺の方を向く爺さん。
「それがな、平々凡々……どころか一般人と同じような数値が出たのじゃ」
「…………へ? 俺って素質あるんじゃ…………」
さんざ期待させるようなことを言っておいて、「素質ありませんでした」じゃ納得いかないぞ。
「素質があるのは間違いない……はずじゃ。この“箱”は熟練した超能力者でも“箱”だと認識できないような代物なのじゃ。
それをお前さんは一般人にもかかわらず見抜いてしまった。…………つまり、素質があるのは間違いない」
爺さんも戸惑っているようで同じ事を二回も言っている。俺に言えることは何もないので次の言葉を待つ。
「恐らくは……“超能力抵抗”が先天的に優れている、といったところかもしれんな……」
「“超能力抵抗”……? 聞いたまんま、超能力に対する抵抗って意味ですよね」
「そうじゃ。そして通常ならばその抵抗は己の使える超能力に比例する」
爺さんの小難しい言い方を噛み砕いて言えば、詰まるところ超能力が強ければ強いほど抵抗力もあるってことだろう。
「だが、お前さんは検査の結果、今のところ超能力を使うことすら難しい数値が出た。
いくら自覚がないといっても、素質のある者は何かしら数値が出るはずなんじゃ。
なのにも関わらず、お前さんの数値は一般人となんら変わりない」
「それじゃあ、俺は超能力が使えないって事ですか?」
「今のところはそうじゃな。……だが、抵抗が比例するならば、お前さんの素質は計り知れないかもしれん」
「伸び代はある、ってことか……」
俺は俯きながら拳を握り、独り言のようにつぶやいた。それを聞いて爺さんは頷いた。
「この数値を見て、一瞬、他の誰かに任せようかと思ったが…………お前さんは面白そうじゃ。
わしの下で特訓すれば、力もつくじゃろう」
「えーと……水前寺さん? の下で?」
「うむ。詳しいことは後々になるが、将来的にはわしの“チーム”に加えるのも良いと思っておる。期待しておるぞ?」
こうして俺は水前寺という爺さんの下で、超能力の特訓を始めることになった。
アルバイトに応募したはずが、どうしてこうなったのか? 人生は何が起こるかわからない。
…………とりあえず店長には「採用されました」って伝えようかな。間違ってはいないだろう。たぶん。
続く
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